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2026年10月5日月曜日

ワケワケセオリー:ワケワケで6つの言葉が生まれる!

ワケワケ構造からは、私たちの使っている言葉、「言語」もまた様々な形で浮かび上がってきます。

ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)によって生まれる、5つの世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)からは、6つの言語(深層言語、象徴言語、自然言語、交信言語、思考言語、理知言語:観念言語)が生まれてきます【言語6階層説へ進展する!】。



●深層言語

「身分け=感覚」が把握したものの、「識分け=意識」がまだ把握しない対象は、「無意識=深層意識」のまま、モノ界の底へ沈んでいきます。

この沈殿物を言葉になる以前のイメージや偶像などで表した記号類が深層言語です。例えば、無意識のため息・喘ぎ・息づかい(音声言語)、無意識の手振り・身振り・しぐさ(文字言語)、ユングが元型論で示した太母・老賢者・トリックスターなどの心像(表象記号)です。

要約すれば、深層言語とは、感覚が捉えた事象を、意識が把握する前の、体感的・心像的な動作やイメージです【深層言語とは・・・】。

●象徴言語

「身分け」が把握し、「識分け」が捉えた事象を、擬声語や擬態文字、イメージや偶像などで表した言葉が象徴言語です。意識が把握した事象であっても、自然言語が形成される前の未言語状態では、言葉は始原的なまま、モノコト界を浮遊しています。

例えば、オノマトペ(音声言語)、ヒエログリフや楔形文字などの象形文字(文字言語)、古墳壁画・銅鐸絵画・宗教用シンボルマークなど(表象記号)です。

要約すれば、象徴言語とは、動物的、衝動的に捉えた事象を、音声や図像などで表した言葉といえるでしょう【象徴言語とは・・・】。

●自然言語

感覚が「身分け」し、意識が「識分け」が捉えた事象を、「言分け」によって、明確なコトバやシンボル(絵や形)に形象化した言葉が自然言語です。

次の「交信言語」と異なるのは、他者との「交信」機能の高低です。外部世界を把握するため、自らのために創造する言語が「自然言語」であるのに対し、他者との会話を前提にして創造される言語は「交信言語」になります。

もっとも、自然言語と交信言語は、両方ともコト界(言知界)で使われる言語ですから、前後や順序の区分があるわけではなく、機能や目的によって差異が生まれるだけです。

それゆえ、既存の言語学などでは、「自然言語」と「交信言語」の違いを、「内言語(内言)」と「外言語(外言)」などという名称で分けています【自然言語とは・・・】。

●交信言語

自然言語が共同体との交流を通じて個人の中に深まる中で、それらを他者との交信用に使用する言語が交信言語です。

感覚が「認知」し、意識が「識知」した対象を、言葉として自覚するのが「自然言語」であり、それらを音声記号や文字記号などで、他者に向かって表現するのが交信言語です【交信言語とは・・・】。

●思考言語

自然言語の個人的な使用や共同体との交信などを通じて、個人の中に育まれた言語世界を、独自の音声や記号に変えて、自分の思考用に使用する言語が思考言語です。

自然言語に独自の網をかけ、新たな言葉を創り出しますから、「言分け」による「コト界(言知界)」から、「網分け」による「アミ界(理知界)」への移行を促す言葉となります【思考言語とは・・・】。

●理知言語:観念言語

「身分け」「識分け」「言分け」が捉えた事象を、特定の意図による「網分け」で精細に捉え直し、音声や記号などの創作言語で表現した言葉が理知言語:観念言語です。

専門的知識人や特定社会集団などの“理”縁共同体が、高度な思考するための記号として使っています。

上記の「思考言語」は、自然言語の「網」を使いつつ、発声しないまま、さまざまな選択を促す言葉でしたが、「観念言語」は、意図的な「網」を使って、発声の有無に関わらず、さまざまな選択を促す言葉です。

音声言語でいえば思考語・学術語・専門語など、文字言語でいえば数字・学術文字・専門文字など、表象記号でいえば物理記号・科学記号・学術記号などです【観念言語とは・・・】。

以上のように、ワケワケ5界からは、6つの言語が浮上してきます。これらの言葉の進展が、新たな知性や文明を切り開き、人類の歴史を構築してきました。





2026年4月10日金曜日

Life Creators Marketing14:差元化行動をどう進めるか?:象徴化

生活民自身は供給主導型の消費市場をどのように利用していくべきか、「差延化」「差汎化」が終りましたので、今回から「差元化」を検討します。

生活民は【差元化とは何か?】で述べたように、上層的・意識的な記号(カラー、デザイン、ネーミング、ブランド、ストーリーなど)の受容行動よりも、下層的・無意識的な象徴(神話、無意識、体感など)の再生行動を重視します。こうした行動が「差元化」であり、概ね3つの次元(象徴、無意識、感覚)を対象にしています。

最初は象徴次元への「象徴化行動」を考えてみましょう。

ここで言う「象徴=シンボル」という言葉は、既成の言語体系が形成される以前の未言語段階、あるいは前言語段階の意味体系を意味しています。

私たちは、感覚や無意識でとらえたものを言葉で表す前に、より始原的なイメージによって表現しています。こうしたイメージが「象徴(シンボル)」とか「元型(アーキタイプ:C.G.ユングの提唱)」とよばれるものです。

生活民は、象徴や元型に触れ合ったり、それらを幾つか組み合わせた神話やおとぎ話を振り返ることで、心の深層にある沃野に立ち戻り、個人を超えた集合的な無意識を再確認することができます。

どのような形で再確認しているかといえば、おおむね深層性、陶酔性、身体性、神話性、宗教性、儀式性の6つの形が浮かんできます。それぞれの行動を実現するため、生活民は消費市場や対応事業に何を求めるべきなのでしょうか。

➀深層行動では、深層心理性、無意識志向性、集団催眠性などを求めます。

事例としては、精神分析や精神療法(カウンセリングや各種セラピーなど)、集団催眠的なイベント(大集会やマスゲームなど)、宗教的に無意識へ誘導する行動(座禅、断食、修行など)の拡大や深化があげられます。

➁陶酔行動では、酩酊性、熱狂性、眩暈性などを求めます。

事例としては、酩酊誘導イベント(酒宴、祭、陶酔など)、目眩誘導行事(めまいを誘うダンスや踊りなど)、感覚陶酔サービス(音楽やアート鑑賞など)、陶酔型スポーツイベント(マラソンや水泳など)、感覚錯乱行動(スカイダイビング、ジェットコースター、テーマパークなど)の拡大や深化があげられます。

➂身体行動では、感覚性、生物性、欲動性などを求めます。

事例としては、睡眠に関連する道具(抱き枕や仮眠ルームなど)、五覚敏感化道具(味、嗅、視、聴、触覚)、身体弛緩サービス(温泉、サウナ、マッサージ、プール、アスレティックジムなど)の拡大や深化があげられます。

➃神話行動では、神話・民話性、幼児世界性、元型志向性などを求めます。

事例としては、ファンタジー映画(『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』『ハリーポッター』『ロード・オブ・ザ・リング』など)や、神話的なキャラクター商品(「ビックリマンチョコ」、「ポケットモンスター」、ダイソーの「古代エジプトグッズ」など)の拡大や深化です。いずれも神話、お伽話、昔話を応用したものです。

➄宗教行動では、救済志向性、精神安定性、神秘体験性などを求めます。

具体的には、既存宗教や新型宗教、モノや動物を崇拝するフェティシズムやアニミズム、占い、まじないなどの呪術、和漢系の呪術(陰陽道、風水、易教、道教、民間薬など)の拡大や深化があげられます。

⑥儀式行動では、冠婚葬祭性、通過儀礼性、象徴交換性などを求めます。

事例としては、伝統的な冠婚葬祭(結婚式、葬式、法事など)、通過儀礼(七五三、成人式、結婚式、銀・金婚式など)、象徴交換や贈物(返礼、中元、御歳暮、ギフトなど)の拡大や深化が相当します。

 

以上に挙げた「象徴化行動」に対しては、供給側からもすでにさまざまな対応が進められています。具体的な事例については、拙著『人口減少逆張りビジネス』で詳しく紹介しています。

 

こうしてみると、象徴化行動を消費市場や社会事業に広げていくには、伝統的な供給構造を活用しつつ、新たな象徴願望に対応する供給体制の構築を求めていくことが求められるでしょう。

2023年10月28日土曜日

言語6階層説:深層言語とは・・・

言語6階層説の最初は「深層言語」です。

当ブログでは、これまで「言語3階層説」と題し、深層・象徴言語、日常・交信言語、思考・観念言語の3つを分けてきました。

これを進展させた、今回の言語6階層説では、深層・象徴言語を「深層言語」と「象徴言語」の2つに分けました。

両者を区分するのは「識分け」、つまり「意識するか否か」です。「身分け」が捉えたものを意識するか否かで、2つの言葉が分かれてきます。

意識されたものを言語化するのが「象徴言語」であり、意識されないものを言語化するのが「深層言語」です。

「身分け=感覚」が把握したものでも、「識分け=意識」が把握しない限りは、「無意識=深層意識」となって、身分けされた空間の底へ沈殿していきます。この沈殿物を何らかの形で言語化したもの、それが「深層言語」です。



換言すれば、深層言語とは、「身分け」が把握したが、「識分け」が漏らした、無意識(深層意識)の事象を、言葉になる以前のイメージや偶像などで表した記号、ということです。

当ブログの過去の記述を振り返ると、ユングの「元型」論、井筒の「種子」論が相当します。

●C.G. ユング・・・意味付与は一定の言語の型を使ってなされるが、この型はさらに原始心像から生まれる。意味がどこから来るのかという質問をどこで発しても、われわれは必ず言語やモチーフの歴史へ入りこんで行き、その歴史はつねにまっすぐに未開人の不思議の世界へと通じている。(『元型論』林道義訳:1999年)

●井筒俊彦・・・およそ外的事物をこれこれのものとして認識し意識することが、根源的にコトバ(内的言語)の意味分節作用に基づくものであることを私はさきに説いた。そして、そのような内的言語の意味「種子(ビージャ)」の場所を、「言語アラヤ識」という名で深層意識に定位した。(『意識と本質』1982年)

これらの言説に置き換えれば、深層言語とは、無意識下の原始心像である「元型」であり、言語の種子である「言語アラヤ識」である、ということになるでしょう。

以上のように位置づけると、深層言語とは、自然的な言葉が生まれる前に、胎内的な言葉が湧き上がる次元、ということになります。具体例としては、次のような事例が挙げられます。

●音声言語・・・無意識のため息・喘ぎ・息づかい

●文字言語・・・無意識の手振り・身振り・しぐさ

●表象記号・・・元型・心像イメージ・・・例えば、ユングが元型(アーキタイプ)論で示した太母、老賢者、トリックスターなどの心像

要約すれば、深層言語とは、感覚が捉えた対象を、意識が把握する前の、体感的・心像的動作やイメージなのです。

2021年12月18日土曜日

視覚言語を言語3階層で考える!

文字や記号は、音声言語や識知的な観念を、視覚的に表現しようとする、人類の発明ですが、それがゆえに深層・象徴言語とも密接な関りを持っています。 

前回整理した文字分類を、文字と記号で分けてみると、次のようになります。

①文字で表現するもの・・・音節文字と音素文字(ともに表音文字)、表語文字(表意文字)。

②記号で表現するもの・・・象形文字(表意文字)、記号文字と象徴文字(ともに絵文字)。

 ①②と音声文字との関係を、言語=Sé(意味されるもの)/Sa(意味するもの)で整理すると、次のようになります。

❶文字で表現・・・(意味/音声)/文字・・・文字によって音声の意味するものを表現する。

❷記号で表現・・・意味 または(意味/音声)/記号・・・記号によって意味や音声の意味するものを表現する。

このように整理すると、文字よりも記号の方が、深層・象徴言語には馴染んでくるように思われます。

深層・象徴言語という言語段階は、「識分け」で捉えたモノコト界の事物を、「言分け」次元の言葉や記号などに置き換えようとする、初期的な次元ですから、曖昧な音声や深層的なイメージほど馴染みが深いからです。

それゆえ、識分け力が捉えた物音や幻像などは、文字よりもイメージの方が表現されやすい、といえるでしょう。

例えば、ユング心理学でいう元型(アーキタイプ)は、人類の深層心理に潜んでいる普遍的なイメージのことですが、まずはさまざまなイメージとして象徴文字で表現され、そのうえで音声言語によって捉えられています(ユングの元型は言葉で把握されている!)。

その延長線上で、さまざまな宗教のシンボルもまた、太陽、星、光、大樹、大河などを象徴するシンボルマークとして、象徴文字で表現されています。

とすれば、深層・象徴言語の段階では、象徴文字がまずは生まれ、続いて象形文字と記号文字に進化していくのではないでしょうか。

象徴文字(元型、宗教印、国旗等)、象形文字(ヒエログリフ、古代エジプト文字等)、記号文字(ピストグラム等)の順に、文字が生まれたということです。

一方、音節文字、音素文字、表語文字は、「音声で言分ける」という「言分け」次元から生まれてきます。

このうち、表語文字(漢字、アラビア数字等)は、前回述べたように、象形文字が起源となっているケースが多く、「識分け」次元と「言分け」次元を繋ぐ役割を果たしていますので、深層・象徴言語と日常・交信言語の両界に跨る文字と言えるでしょう。

また音節文字(ア、イ、ウ、エ、オ等)と音素文字(A、B、C、D、E等)は、すでに音声化された言葉を文字化するという表音文字ですから、「言分け」で生まれた日常・交信言語の次元に近いと言えます。

以上のように、文字や記号という視覚言語もまた、音声言語と同じように、深層・象徴段階で発生し、やがて日常・交信段階へと変貌していくのです。

2021年9月20日月曜日

言語3階層説を整理する!:その2

言語3階層説の視点から、古今東西の思想家の言説を生年順に整理しています。

前回の7人に続いて、今回は残りの7人です。

●K.W.フンボルト(Karl Wilhelm von Humboldt:1767~1835年)

言語は造り出された死者ではなく、むしろ、造り出す働きとしてみなすべきであるとし、事物の関連や意志疎通の手段として作用している事柄はむしろ度外視し、内的な精神活動との密接な関係、ある言語の起源とその相互の影響とに立ち帰って考えるべきである、と述べています。

日常・交信言語よりも、思考・観念言語や深層・象徴言語を重視すべきだ、というのです。

●G.W.F.ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770~1831年)

人間の言葉とは、「自然の叫び声」に基盤を置きつつも、独自の構想力によって自然性や身体性を乗り越え、周りに広がる世界から自己を区分けし対象化することで、「精神」の根源となるものだ、と主張しています。

言語3階層論に当てはめれば、深層・象徴言語はもとより、日常・交信言語や思考・観念言語にまで広く及んでいる、といえるでしょう。

●F.ソシュール(Ferdinand de Saussure:1859-1913年)

人間の言語行動には、ランガージュ、ラング、パロールの、3つの側面があると言っています。ランガージュ、ラング、パロールの関係によって、思考・観念言語と日常・交信言語については認めていますが、言語の生まれる前の未言語次元、つまり深層・象徴言語については、その存在をほとんど否定しています。

●E.G.A.フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl:1859~1938年)

言語の持つ機能性や社会性についてはさまざまな論点を展開していますが、言語の本質や起源については、ほとんど触れていません。

言語3階層論に当てはめれば、思考・観念言語や日常・交信言語に限られており、深層・象徴言語の次元にはほとんど触れていません。

●S.フロイト(Sigmund Freud:1856~1939年)

「言葉の起源は性愛のための呼びかけであり、そこから労働などへ広がっていった」との説は正鵠を得ているから、精神分析上の夢の解読にもそのまま応用できるとし、その所論である無意識と夢の関係の中に、言葉の起源や発展過程を求めています。

言語3階層説に当てはめれば、象徴・深層言語に基底に置きつつ、日常・交信言語や思考・観念言語を思考している、といえるでしょう。

●C.G.ユング(Carl Gustav Jung:1875~1961年)

フロイトの所論をさらに徹底し、「言語による環境把握」の前に、「心理的イメージによる環境把握」、つまり「言語以前のイメージ」をより重視しています。

言語3階層説に敢えて当てはめれば、象徴・深層言語の胎芽ともいうべき次元の重視といえるでしょう。

●井筒俊彦(1914~1993年)

コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係は、ソシュールのいうような「恣意的」なものではなく、私たちの意識の深層(阿頼耶識)にある、なんらかの種(種子)の影響(言語アラヤ識)によって、両者が結びつくのだ、と主張します。

言語3階層説でいえば、言語アラヤ識とは象徴・深層言語ということになるでしょう。

以上のように、19世紀以降にも、言語について、さまざまな見解が示されていますが、3階層のいずれかに重点を置いた思考が多くなっているように思います。

このため、下記の表でも、中心論点がおかれた階層については大きな〇で、副次論点の場合は小さな〇で表示しています。

筆者の取り上げた思想家が偏っているせいかもしれませんが、時代が下るほど、深層・象徴言語への関心が高まっているように思います。

2021年8月30日月曜日

ユングの元型は言葉で把握されている!

前回、ユングの唱える「元型」は、井筒の主張する「種子」よって初めて成立するのではないか、と述べてきました。

深層・象徴言語の次元の本質に関わる事項だと思いますので、ユングの提起する、幾つかの「元型」が、どれほど「種子(言語アラヤ識)」に触発されたものであるのか、を確認しておきたいと思います。

まず「元型」の定義にについて・・・

元型という言葉は、すでにユダヤのピロンにおいて、人間の内なる《神の像》との関連で使われている。(中略)アウグスティヌスにおいては《元型》という言葉こそ使われていないが、その代わり同じ観念があって、『さまざまな問いについて』では次のように述べられている。《イデアは……自ら形成されるのではなく……〔はじめから〕神の知の中に含まれている》。『元型』はプラトンの《エイドス》を説明的に言いかえたものである。この名称はわれわれの目的にとって適切かつ有益である。なぜならこの言葉は、集合的無意識には太古的――もっとうまく言えば――原古的な型がある、すなわち太古から存在している普遍的なイメージがある、ということを意味している。
――C.G. ユング 『元型論』林道義訳:1999

そのうえで、「元型」への意味付与、つまりネーミングについて、次のように説明しています。

意味付与は一定の言語の型を使ってなされるが、この型はさらに原始心像から生まれる。意味がどこから来るのかという質問をどこで発しても、われわれは必ず言語やモチーフの歴史へ入りこんで行き、その歴史はつねにまっすぐに未開人の不思議の世界へと通じている。――同上

そこで、代表的な「元型」の、言語の型、つまり「種子」的な解説を、ユングの言説から見ていきます。


●アニマ(
Anima)

水の精はわれわれがアニマと呼ぶ妖しい女性的な存在の、より本能的な前段階である。この前段階にするものには、セイレーンたち、海の精たち、森の精たち、フルディンたち、魔王の娘たち、ラミアーたち、夢魔たちがあり、これらは若者を惑わし、その生命を吸いとってしまう。(中略)この種のものはすでにずっと昔からあったのではないのか。それも人間が意識の薄明の中で完全に自然と一体になっていた時代にすら存在していたのではなかったか。森や野原や小川の精たちははじめから、道徳的良心からの問いが発せられるずっと以前から、いたのである。――同上

●アニムス(Animus)

アニムスはしばしば画家として現われるか、あるいは映写機をもっている。つまり映写技師であるか、あるいは画廊の持ち主であるが、このことはアニムスが意識と無意識のあいだを媒介する機能をもつことと関係している。すなわち無意識のもつさまざまなイメージはアニムスによって伝達される、つまり空想のイメージの形をとるか、それとも無意識のうちに行為したり生きたりすることによって、目に見える形になるのである。アニムスの投影から。「英雄」または「魔神」に対する愛または憎しみの空想上の関係が生ずる。特別の犠牲者はテノール歌手、芸術家、映画スター、スポーツの大選手などである。――同上

●グレート・マザー(Great mother)

母元型の特性は「母性」である。すなわち、まさに女性的なものの不思議な権威、理性とは違う智恵と精神的高さ、慈悲深いもの、保護するもの、支えるもの、成長と豊饒と食物を与えるもの。不思議な変容や再生の場。助けてくれる本能または衝動。秘密の、隠されたもの、暗闇、深淵、死者の世界。呑みこみ、誘惑し、毒を盛るもの、恐れをかきたて、逃れられないもの。――同上

●老賢者(Wise old man)

老賢者の姿は夢の中ばかりでなく、瞑想(あるいは「能動的想像」)の幻像の中にも.きわめて具体的な姿をとって現れ、グル〔=ヒンズー教の導師〕の役を引き受ける――インドではときとして実際にも起こることらしいが――ほどである。「老賢者」は夢の中では。魔法使い、医者、牧師、教師、祖父あるいは権威を持った誰かとして現れる。――同上

●童子(Kinder)

「童児神」の元型はいたるところに分布しており、神話に現れる他のあらゆる性質の童子モチーフと分かちがたく混じり合っている。〔その例として〕今なお生きている「幼な子イエス」の話を持ち出すまでもないであろう。すなわち聖クリストフアの伝説において、「小より小さく、大より大きい」という例の典型的な性質を示したあの「幼な子イエス」である。民間伝説では童子モチーフは隠れた自然力の化身としての小人や妖精の姿をとって現れる。――同上

●魔術師(Wizard )

魔術師は老賢者と同じ意味をもち、これは未開社会の呪術師の姿にまっすぐつながっている。彼はアニマと同様に不死のデーモンであり、これはただ生きているだけという混沌とした暗闇を意味の光で照らし出す。彼は照らす者、教師にして師匠、魂たちの導き手である。――同上

●トリックスター(Trickster)

笑い話、カーニバルの馬鹿騒ぎ、救いや魔法の儀式、宗教的な恐れや開悟の中に.このトリックスターの幻はあらゆる時と場所の神話と同じような.ときには紛れもない、ときには定かならぬ姿で、立ち現われる。これは明らかに「心理素」、すなわち最も古い種類の元型的な心理構造である。その最も明瞭な特徴は、いかなる点から見ても未分化な人間意識を忠実に反映している。この意識は動物の水準をほとんど超えていない心のあり方に対応している。――同上

以上のように、ユングの「元型」は、すべて言語によって説明されています。

とすれば、「元型」と「言語」の関係は、次のように位置づけられるでしょう。

①下意識に浮かんだ、さまざまなイメージは、人間の脳裏に蓄積された言葉の「種子」、つまり言語アラヤ識によって“意味”づけられ、いくつかのグループに仕分けられる。このグループの名称が、ユングのいう「元型」のネーミングである。

②「身分け」によって得られる、環境世界のさまざまなイメージと同様に、夢や幻想の中に現れるイメージもまた、「言分け」によって、初めて人間の中に意味づけられる。

③人間の環境認識は、感覚器官の捉えたイメージやサウンドなどを基盤にしつつ、遺伝的に蓄積された仕分け能力、つまり「言語アラヤ識」の働きによって、初めて成立している。

このように考えてくると、言語3階層説における「深層・象徴言語」の意味が、いっそう深く捉えられると思います。

2021年8月20日金曜日

ユングの「元型」論、井筒の「種子」論・・・どこが違うのか?

言葉には3つの次元がある。思考・観念言語、日常・交信言、深層・象徴言語の3階層である、という立場から、さまざまな思想家の見解を、古代から現代までざっと振り返ってきました。

前回とりあげたユングの見解は、音声記号である「言語」よりもイメージ記号である「元型」を重視している、と解釈できます。

深層意識の中に現れる、さまざまな現象を人間が捉える方法には、ラングの前にシンボルがある、ということです。

とすれば、今回のテーマの初めの方で紹介した井筒俊彦の言説と深く重なってきます。両方とも、深層心理の働きを深く考えているからです。

ユングの主張する「元型=シンボル」と井筒のいう「種子=言語アラヤ識」は、同じものなのでしょうか。それとも、どのように異なっているのでしょうか。井筒の見解をもう一度、振り返っておきましょう。

およそ外的事物をこれこれのものとして認識し意識することが、根源的にコトバ(内的言語)の意味分節作用に基づくものであることを私はさきに説いた。そして、そのような内的言語の意味「種子(ビージャ)」の場所を、「言語アラヤ識」という名で深層意識に定位した。

「言語アラヤ識」という特殊な用語によって、私は、ソシュール以来の言語学が、「言語(国語、ラング)」と呼び慣わしている言語的記号の体系のそのまた底に、複雑な可能的意味聯鎖の深層意識的空間を措定する。

もしこの考え方が正しいとすれば、我々が表層意識面で――つまり知覚的に――外的事物、例えば目前に実在する一本の木を意識する場合にも、その認識過程には言語アラヤ識から湧き上がってくるイマージュが作用しているはずだ。

なぜなら、何らかの刺激を受けて、アラヤ識的潜在性から目覚めた意味「種子」が、表層意識に向かって発動しだす時、必ずそれは一つ、あるいは一聯の、イマージュを喚起するものだからである。

井筒俊彦『意識と本質』1982

これを読むと、井筒の主張する「種子」とは、ユングの唱える「元型」を喚起するのだ、とも読み取れます。

私たちが無意識というカオスの中から、例えば「老賢者」というシンボルを拾い上げる時、まずは「老父」という種子が心の中で湧き上がり、それが他のイメージと老賢者を区別するのだ、といえるからです。

その意味では、ユングの「夢分け」は、井筒の「種分け」によって初めて成立するのです。

ユングの主張する「元型」は、ペルソナ(persona)、影(shadow)、アニマ(anima)、アニムス(animus)、自己(self)、太母(Great mother)、老賢者(Wise old man)などユニークなネーミング、つまり言語が張り付けられており、単なるイメージやシンボルで終わっていません。

そのこと自体が、「元型」とは単なるイメージではなく、「言語アラヤ識」によって意味づけられた存在であることを示しているのです。

フロイトやユングの心理学では、夢や幻想の中に現れるイメージを認識行為の基盤に置いているようですが、それらを自覚させるのは、人間固有の言語能力だということです。

以上のような視点に立つと、人間の識知行為が「身分け」次元から「言分け」次元へと進む間に、「夢分け」から「種分け」へと進む次元が入り込んでいる、ともいえるでしょう。

当ブログで検討している「深層・象徴言語」階層には、こうした次元も当然含まれているのです。

2021年8月12日木曜日

ユングの言語観は・・・

フロイトの言語観を眺めてきましたので、ユングの見解も確かめておきたくなりました。

スイスの心理学者・精神分析学者、C,G.ユング(Carl Gustav Jung:1875~1961年)は、周知のとおり、一時はフロイトの後継者と目されたものの、ほどなく訣別し、「集合的無意識(Collective unconscious)」や「元型(archetype、)」といった独自の概念によって、心の深層を究明した学者です。

「集合的無意識」とは、個人の無意識のさらに下にある深層で、同じ種族や民族あるいは人類全体に共通して伝えられている無意識のことです。

また「元型」とは、その集合的無意識の中で、神話・伝説・夢などの形をとって、時代や地域を超えて繰り返し現れるイメージやシンボルを意味します。

とすれば、言語観においても、象徴・深層言語について、独自の見解を展開しているのかと期待しましたが、20年ぶりに代表作を渉猟してみたところ、ほとんど触れられていませんでした。その中で、ようやく探し出した一部を掲げておきましょう。 

われわれは究極的にはどこから意味をとってくるのであろうか。われわれが意味を与えるときのさまざまな形式は昔から引きつがれてきたカテゴリーであるが、昔といっても霧にかすんでよく分からないほど違い昔のことである。

意味付与は一定の言語の型を使ってなされるが、この型はさらに原始心像から生まれる。意味がどこから来るのかという質問をどこで発しても、われわれは必ず言語やモチーフの歴史へ入りこんで行き、その歴史はつねにまっすぐに未開人の不思議の世界へと通じている。

イデーという言葉を例にとってみよう。この言葉はプラトンの《エイドス》概念を起源としている。もろもろの永遠のイデーとは、超越的な永遠の形式として《天を越えた所に》保存されているさまざまな原イメージである。視霊者の眼はこれらを《夢の像や幻影》の形で、すなわち夢や啓示的な幻視に現われるイメージの形で見た。

C.G. ユング 『元型論』林道義訳:1999年

このようなユング理論では、どうやら「言語による環境把握」の前に、「心理的イメージによる環境把握」を重視しているように思われます。当ブログの流れでいえば、「身分け」と「言分け」の間に「夢分け」があるのだ、ということになるでしょう。

「夢分け」によって現れる、言語以前の意味付与を表すイメージ・・・それを彼は「元型」と名づけています。

三つの元型、影、アニマ、老賢者は、直接経験されるばあいには人格化して現われる。(中略。それらが出現する)プロセスが進んでいくうちに、さまざまな元型が行為する人格として空想の中に現われてくるのである。

プロセス自体は別種の元型、すなわち変容の元型によって表現される。これは人格ではなく、むしろ典型的な状況、場所、手段、方法等々であって、これらはそのときどきの変容の仕方を象徴している。人格化される元型と同様に、この元型も真正なシンボルであって、これを《記号》や比喩と見たのでは十分に理解することができないという意味で、真のシンボルである。

無意識の《根本的原理》は、その関連内容が豊富すぎるため、認識することはできても、筆舌には尽くしがたい。知的な判断は当然にもつねにそれらを一義的に把握しようとするが、そのために本質的なものを見逃してしまう。というのは、その根本的原理の唯一の本性といえるものを確定しようとしても、はっきり言えることといえば、それが多義的であり、豊富な関連性をもつために全体を見渡すことができないということだからである。

このために一義的な定式化は不可能となる。しかもそれらは原理的に逆説的であって、たとえば霊は錬金術師たちによって《老人でありながら若者でもあるもの》と考えられていた。

ものごとを決定する力はこの無意識から来るのであって、この力によって一人一人の人間の誰をとっても、彼らが受けついでいるもの[伝統など]にかかわりなく、体験やイメージ形成が似ている、いや同じでさえあるということが保証されているのである。このことの最大の証拠は世界中に同じような神話のモチーフが存在していることであり、このモチーフを私は原イメージの性質をもつという意味で元型と名づけた。

同上

以上のように見てくると、ユングの言語観は、前回紹介したフロイトの所論(無意識と夢の関係の中に言葉の起源や発展過程を求める)をさらに徹底し、言語以前のイメージをより重視しているようです。

当ブログの言語3階層説に敢えて当てはめれば、象徴・深層言語の胎芽ともいうべき次元ともいえるでしょう。

2020年7月4日土曜日

「もとがたりマーケティング」に求められるのは・・・…

純粋の「ものがたりマーケティング」とは「もとがたりマーケティング」である、と述べてきました。

「ことがたりマーケティング」が差異化手法であるのに対し、「もとがたりマーケティング」は差元化手法に属しています。

差異化手法が商品のうえに「記号」を載せてネウチを上げる手法であったのに対し、差元化手法は商品の周りに「象徴」を沿わせてネウチを気づかせてくれる手法です。

それゆえ、「かたり」の内容についても、「ことがたりマーケティング」ではモノのネウチを上げるような中身が、一方、「もとがたりマーケティング」では、モノの本質を気づかせてくれるような中身が、それぞれ求められます。

「差元化」の基本的手法には、①象徴・神話化、②無意識・未言語化、③感覚・体感化などがありますが、これを「もとがたりマーケティング」に当てはめてみると、①に主軸をおきつつ、②や③にも及んでいくことになるでしょう。

そこで、これらの手法を「もとがたりマーケティング」に応用しようとすると、【差異化を超えて差元化へ:2016年4月19日】で述べたように、幾つかの注意点があります。



①象徴・神話次元・・・既成の言語体系が形成される以前の未言語段階、あるいは前言語段階の意味体系、つまりユングの主張する「象徴(シンボル)」を適切に活用することが求められる。 

②無意識・未言語次元・・・意識下の暗い深淵に潜んでいるカオスや本能が、通常は記号で覆われた欲望の厚い膜の中に隠れている。それらを表層意識へ浮上させるには、夢や幻想などの中で縦横に飛び交う、大胆な浮遊が求められる。 

③感覚・体感次元・・・マーケティングやマスメディアの作り出す幻想を最終的に打ち破るため、なんといっても自らの感覚を研ぎ澄まさねばならない。それには、個々人の身分け能力、つまり五感や六感などの感覚をいっそう鋭敏にすることが求められる。 

これらの注意点を前提にすると、「もとがたりマーケティング」を適切に行っていくには、【「差異」より「深化」を!:2016年4月27日】で提案したように、次のような対応が求められるでしょう。

 
①神話・伝説・・・象徴力の強化を支援するような「かたり」を行う。例えば、個々人の意識下に潜んでいる元型に出会えるような機会を作る「象徴・元型支援かたり」、宇宙、大地、山野、大海など、潜在意識の中から「絶対に変わらないもの」を探しだし、体験させるような「不変物信仰支援かたり」、普遍かつ壮大なものに触れさせて、私や個を超えた次元を疑似体験させる「集合的無意識支援かたり」などが考えられる。

②説話・民話・昔噺・お伽噺・・・無意識への回帰を支援するような「かたり」を行う。実例としては、睡眠、催眠、酩酊などの模擬体験で没我の境地へ導く「没我力支援かたり」、身体や感覚を研ぎ澄ませて、霊感や六感を増加させる「直感力支援かたり」、無意識の次元に立ち戻って、自らの原点を確認させるような「自己対面力支援かたり」などが考えられる。

③オノマトペ・・・個々人の感覚回復を支援するような「かたり」を行う。具体的にいえば、言語以前の体感的、直感的な次元への回帰を支援させるような「音声・物音発見支援かたり」、山林行や水泳など、生れたままの人間に立ち戻って、伸びやかに自然と戯れられるような気分を創り出す「体感音支援かたり」などが考えられる。 

以上のように見てくると、「もとがたりマーケティング」に求められる、最も基本的な方向とは、私たちの生活の根源を深めることにあるのでしょう。