2022年1月30日日曜日

音声言語で思考する!

思考・観念言語における音声言語の位置を考えています。

前回述べたように、思考・観念言語における音声言語には、幾つかの次元があります。

1つは、日常・交信言語を加工したり、抽象化して創り出した、個人的な思考言語です。

2つめは、それらを基礎に、地縁共同体内で創造され、使われる集団的な思考言語です。

3つめは、専門分野や特異分野など、特定の“理”縁共同体内で創造され、使用される観念言語です。


●個人的思考言語

個人的な思考行動は、私たちが日常的に使っている音声言語を基礎に、自らの創造力で生み出した思考言語を用いて実行されています。

日常生活で使っている日常・交信言語を、頭の中で駆使しつつ、ある物事について理知力(コトを理解する能力)を働かしたり、眼前にない物事について理知力を働かしているということです。

これらの言語は、地縁集団内の日常の会話でも使われているものですが、個人的な思考行動では頭の中で自問するための道具(自問言語)となっています。

それゆえ、日常会話の次元を幾分超えて、予測、想定、前提、仮説、論理などの思考用語や、それぞれに応じた文法が使われています。

 ●集団的思考言語

集団的な思考行動は、個人的に生み出された思考言語を基礎にしつつ、地縁共同体という特定集団が共同思考や共同行動を可能にするため、日常言語を変形した思考言語(変型言語)を使って行われています。

共同作業を行う狩猟漁労などでは、最も早くから使われてきました。

例えば、狩人仲間のマタギ言葉では、うじ(けもの道)、しかり( マタギのリーダー)、せこ(獲物を追い出す係)、ぶっぱ(獲物の撃ち手)、さんぺ(心臓)など、また漁師言葉では、しけ(嵐)、なぎ(凪)、なれい(北風)、しおなみ(無風時の波)などがあげられます。

その後、牧畜集団や信仰集団など、多様な特定集団へ広がっています。

 ●“理”縁的思考言語

“理”縁的な思考行動は、特定の専門分野を前提に、人為的に創られた観念言語(人為言語)を使って行われています。

“理”縁共同体は、私たちを取り巻く自然・生活環境を、理知的に理解しようとする人たちが意図的に形成した集団であり、それが故に新しい観念言語を次々に作り出して、ふんだんに使用しています。

それらに参加しようとする人々は、各自の関心によって、別々の共同体を選択しますから、さまざまな観念言語が生まれてきます。

例えば思想・哲学などの共同体では、自我、理性、全体主義、弁証法、昇華などの用語が、経済や法律などの共同体では、市場メカニズム、価格、消費、私有制、刑罰、制度などの用語が、さらに生物学や物理学などの共同体では、染色体、代謝、化合物、内分泌、細菌、遺伝子などや、元素、極小粒子、量子、中性子、素粒子、電磁波などが生み出されています。

以上のように、思考・観念次元における音声言語は、日常・交信言語における音声言語を基礎にしつつ、地縁共同体から“理”縁共同体へと移行するにつれて、深層次元から人為次元へと次第に移行していきます。

2022年1月18日火曜日

思考・観念言語は地縁共同体から”理”縁共同体へ!

言語3階層説の視点から、深層・象徴言語と日常・交信言語を取り上げてきましたので、今回からは思考・観念言語について考えていきます。

思考・観念言語とは、【生活世界と言語3階層の関係を探る!】で述べたように、「言分け」で生まれたコト界において、「おもう(思う)」行動やその結果をはなす(話す)」行動に対応する手段として使われている言葉です。

「おもう」という行動には「思う」「想う」「憶う」「念う」などの漢字が与えられ、幾つかの行動に分かれていますが、思考・観念言語が使われているのは、「思う(ある物事について理知を働かす)」と「想う(眼前にない物事について理知を働かす)」の2つではないか、と思います。

そこで、「思う」と「想う」という行動、いわゆる「思考」については、スイスの心理学者J.ピアジェの主張を継いで、心理学者の多くが「動作を通した思考や具体的な対象についての思考」と「抽象的で論理的な思考」の2つがある、と主張されています

しかし、筆者は、その間にもう一つ、「日常・交信言語を使う思考」が存在すると思います。日常生活で使っている言葉で行う思考と、思想用の抽象的な言語で行う思考は、いささか次元の異なる行動だ、と思うからです。

とすれば、思考には、次の3次元が考えられます。

非言語次元

識分けでとらえたモノコト、つまりさまざまなイメージを組み合わせて、コト界の中で目標や方向などを理知する行動。

日常・交信言語次元

日常・交信言語を使用して、コト界の中で目標や方向などを理知する行動。この言語による思考は、特定の地域で育まれた言語体系(地縁言語共同体)によって行なわれる理知行為となります。

思考・観念言語次元

思考・観念言語を使用して、コト界の中で目標や方向などを理知する行動。この言語による思考は、地縁を離れ、特定のモノコトに関わる理知分野で、新たに育まれた言語体系(“理”縁言語共同体)によって行なわれる理知行為です。

以上のような3次元を前提にすると、思考・観念言語が使われるのは、②③の次元ということになります。

その実例を、音声言語、文字言語、表象記号の順に確かめておきましょう。





音声言語

日常・交信言語を加工したり、抽象化して創り出した思考用語を基礎にして、地縁共同体内で使われる音声言語、あるいは専門分野や特異分野など、特定の“理”縁言語共同体向けに創造された、音声で表現できる学術語や専門語

事例・・・思考語では予測、想定、前提、仮説、論理などの一般思考用語。学術語では自我、理性、全体主義、弁証法、昇華などの思想・哲学用語。専門語では市場メカニズム、価格、消費、私有制、刑罰、制度など社会科学用語。

文字言語

日常・交信言語を抽象化して創り出された思考語を、専門分野や特異分野など特定の“理”縁言語共同体向けに、数字や文字の形で表現した学術文字や専門文字

事例・・・数字では1,2,3IIIIIIなど数学用文字。学術文字では+、-、=、≠、√、∽ など計算文字。専門文字では(四分音符)、♪(八分音符)、(連桁付き八分音符)、(連桁付き一六分音符)、♯(シャープ)などの楽譜文字

表象記号

専門分野や特異分野など特定の“理”縁言語共同体において、新たに創造された、さまざまな概念を、視覚的なイメージとして表現した記号など。

事例・・・物理記号ではΔ(デルタ関数)、Θ(角度)、Σ(置換)、Ω(角速度)、Ψ(波動関数)などの論理記号。化学記号ではH(水素)He(ヘリウム)、Li(リチウム)、Be(ベリリウム)、B(ホウ素)などの物質記号。学術記号では♂(雄)、♀(雌)Δ(デルタ関数)、Θ(角度)、Σ(置換)、Ω(角速度)、Ψ(波動関数)などの生物学記号や、∟(直角)、⊥(垂直)、(近似的に等しい)などの幾何学記号



以上のように、思考・観念言語は、自然発生的な地縁言語共同体に基盤を置く日常・交信言語の応用から始まり、次第に専門分野や特異分野など特定の“理”縁言語共同体を前提に創造された言語へと進展していきます。

2022年1月9日日曜日

人類が互いにコトを交し合う言葉とは・・・

言語3階層(思考・観念言語、日常・交信言語、深層・象徴言語)と、言語形態(音声言語、文字言語、表象記号)の関係を考えています。

深層・象徴言語に続いて、今回は日常・交信言語、つまり人類が互いにコトを交し合う言葉について検討します。

日常・交信言語とは、【生活世界と言語3階層の関係を探る!】で述べたように、「識分け」で識知されたモノコトを、「言分け」によってコト界のコトに転換し、「話す」あるいは「書く」行動として使われている言葉です。

実例としては、音声言語(口頭語、会話語、交信語など)、文字言語(表音文字、文書文字など)、表象記号(絵文字、文字記号、音声記号、交通標識、鉄道信号など)が相当します。

これらの言語によって、話し手と受け手の間でコト(情報)交換が可能になるのは、その記号体系が「言語共同体」ともよぶべき集団において、予め共有されているからです。

「言語共同体」という用語については、一部の言語研究者の間で「曖昧」だとか「規制的」などと、まことに的外れな議論が盛んですが、当ブログでは社会学的な視点に立って、次のように考えています。

①ある地域に生まれ育った人間は、その地域で流布している言語体系を、意識、無意識を問わず身に着けることで、互いの意思交換を行えるようなる。

②その言語体系は、地域住民の間創り出され、かつ伝統的に継承されている。

③一つの言語体系を共有する住民の集まり、つまり地域集団は同じ言語体系を共有する言語共同体とよぶことができる。

このような言語共同体で共有される言語体系の要素は、3つあります。

❶音声や文字などの記号が意味するもの(シニフィアン)と意味される対象(シニフィエ)の結びつき、つまり、言葉とその意味が共有されている。

❷音声や文字などの繋がり方が、一定のシンタックス(統辞関係)、つまり文法として共有されている。

❸記号の意味と記号間の繋がりの両方が、一定の言語体系(ラング)として、共同体の内部で共有されている。

以上のようなラングにおける日常・交信言語の実態を、音声言語、文字言語、表象記号の順に確認しておきましょう。

音声言語

音声を使う言語行動(パロール)は、口頭語では話し手の識知を自ら理知として確認し、会話語では会話によって話し手と受け手の間で理知を交換し合い、交信語では話し手自身がその音声で多くの受け手に向けて、自らの理知が発信されています。

文字言語

文字を使うパロールは、表音文字では書き手が音声を表す文字を、文書文字では書き手が表意文字をそれぞれ使って、自分自身、あるいは受け手との間で理知を交換されています。

表象記号

文字以外の記号を使うパロールは、絵文字、文字記号、音声記号などでは発信者が共同体で共有されている視覚記号を使って、特定あるいは非特定の受信者に向けて、自らの理知を発信し、交通標識や鉄道信号などの公共的記号では、特定の共同体の参加者自身が、共同体で共有されている理知体系を使って、それぞれ受発信されています。

 


こうしてみると、日常・交信言語における言語とは、言語共同体に蓄積された言語体系(ラング)を前提に、個々人の言語行動(パロール)で使用されるもの、ということができるでしょう。

当たり前の話ですが、次に展開する思考・観念言語の構造にとって、大前提となる識知ですから、敢えて論述しました。