2021年6月8日火曜日

カントやフンボルトの言語観を振り返る!

17世紀の言語観を、デカルトやライプニッツの提唱した「普遍言語(langue universelle」論で振り返ってきましたので、続いて18世紀の動向を、カントフンボルトの論考によって考えてみましょう。

近代哲学の骨格を築いたドイツの哲学者、イマヌエル・カント(Immanuel Kant:1724~1804年)は、直接的には言語観を述べてはいませんが、主著『純粋理性批判』の中で、言語の前提となる認識行動について、3つのパターンを提唱しています。

カントによると、「人間は物をそれ自体として認識することはできず、物が現れるままにしか認識できない」と考えたうえで、その認識能力には、五感から入ってきた情報を時間と空間という形式によってまとめあげる「感性」、概念に従って整理する「知性」、知性に基いて考える「理性」があるとし、それらによって統一像がもたらされるのだ、と主張しています。

カント『純粋理性批判』中山元・訳、光文社古典新訳文庫:2010~13

感性(Sinnlichkeit:ズィンリヒカイト)・・・人間の心の内には空間と時間に基づいて作動する直観という認識形式が予め備わっているが、それによって、現実の世界のうちで生じている多様な現象を捉える心理作用。

知性(Verstand:フェアシュタント)・・・感性が捉えた認識の素材を、量・質・関係・様相といった様々な種類のカテゴリー(Kategorie:概念)の形式に基づいて、総合的にまとめていく心理作用。

理性(Vernunft:フェアヌンフト)・・・感性と知性で捉えた多様な表象を、自らの論理的な推論能力によって、一つの客観的な認識のあり方へと統一していく心理作用。

要約すれば、感性による直観、悟性による総合、理性による統一の、3段階の心理作用によって、現実の世界で生じている、様々な現象が客観的な認識として把握できる、ということです。

このような論説を、当ブログの生活世界構造論に当てはめてみると、次のようになります。

感性・・・周りの環境世界の中から感覚によって把握するモノ界(感覚界:physis)の能力

知性・・・感性が捉えたモノ界を、予め経験した概念で改めて仕分けする心理作用であり、コト界(識知界:cosmos)の能力と考えられる。

理性・・・感性が捉えたモノ界と知性が捉えたコト界を前提に、さらに論理で捉え直す心理作用であり、これもまた、まさしくコト界(識知界:cosmos)の能力である。

以上のように、カントの認識論は、モノ界とコト界での心理作用を示してはいますが、両世界の間にあるモノコト界(認知界:gegonós)については、まったく触れられていません。

このようなカントの観念論を継承して、ドイツの言語学者、カール・ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(Karl Wilhelm von Humboldt1767~1835年)は、新たな言語論を展開しています。

「言語とは造られたものではなく、造り出す働きである」という説ですが、主な主張を列記してみましょう。

●言語そのものは造られたもの(Werk:Ergon)ではなく、造り出す働き(eine Thatigkeit : Energeiaである。

●言語の真の定義は発生的(genetisch)なものでしかあり得ない。言語は、 即ち、分節音で思考を表現しようと永遠に繰り返される精神の労働である。

●我々は知性と言語とを分けて考えているが、実相においてはこのような区別は存在しない

●言語は本来、ある無限なる、 真に限界のない領域に、ありとあらゆる思考可能なるものの総和に相対している。従って、言語は有限なる手段を無限に駆使するという運命を持つ。そして、それが可能なのは、思考を生み出す力と言語を生み出す力とが同一であることによるのである。

●言語は思考を形成する器官である。知的活動は全く精神的で、全く内的で、いわば跡形もなく通り過ぎてゆくものであるが、発話における音声を通して、外的にも五官に覚知できるものとなる。この知的活動と言語とは、 従ってひとつであり、互いに分かち難い。

●言語は造り出された死せるもの(eintotes Erzeugnis)としてではなく、むしろ、造り出す働き (ei ne Erzeugung)としてみなすべきである。事物の関連や意志疎通の手段として作用している事柄はむしろ度外視し、内的な精神活動との密接な関係、ある言語の起源とその相互の影響とに立ち帰って考えるべきである。

Humboldt, Wilhelm von. Gesammelte Schriften. Ausgabe der preussischen Akademie der Wissenschaften. Vols. IXVII, Berlin 190336.

以上のように見てくると、フンボルトの言語論は、カントのコト界(識知界:cosmos)超越論を前提にした、言語活動の主導理論と考えるべきでしょう。

生活世界構造論で言えば、コト界(識知界:cosmos)から見たモノ界(感覚界:physis)論とでもいうべき発想であり、モノコト界(認知界:gegonós)やモノ界(物質界:Physics)もまたコト界が造り出しているのだ、ともいえます。

以上のように見てくると、18世紀の西欧思想界もまた17世紀を継承して、コト界中心の思考・観念言語観がリードしていたようです。

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