2021年9月29日水曜日

言語活動の階層を探る!

言語3階層説の視点から、古今東西の思想家の言説を検証してきました。

その延長線上で、私たちの生活の中で、実際に行われている言語活動では、いかなる階層の言葉が使われているのか、を考えてみたいと思います。

私たちは毎日の暮らしの中で、さまざまな階層の言葉を使いこなしています。

大きく分けてみると、❶頭の中で思考するための言語❷他人と交信するための言語❸心の中の情念を味わうための言語、の3つに大別できるでしょう。

それぞれにおいて使われている言語では、3つの階層、つまり深層・象徴言語日常・交信言語思考・観念言語のいずれかに重点が置かれています。

どのように比重が異なるのか、おおまかな言語活動別に眺めていきましょう。

頭の中で思考するための言語

数学的思考・・・身分けが捉えた環境世界を、数値や数学記号言分けしたうえ、その関係を独自のシンタックス(統辞法)で把握するものですから、思考・観念言語の典型といえるでしょう。

統計学的思考・・・数学的思考と同様、思考・観念言語が主導していますが、表現の対象が現実世界に向けられていますから、思考・観念言語と日常・交信言語の両方に広がっています。

物理・化学的思考・・・上記2つの思考と同様、思考・観念言語が多用されていますが、応用の対象が現実世界に向けられている点で、思考・観念言語と日常・交信言語の交流が一層強まっています。

囲碁・将棋・ゲーム・・・身分けが捉えた環境世界を、独自の記号とシンタックス(統辞法)によって、大まかに単純化したうえで、勝敗を争うものですから、思考・観念言語の典型といえるでしょう。

他人と交信するための言語

日常会話・・・身分けが捉えた環境世界を、特定の共同体による言分け(例:日本語、英語)によって、独自の言葉とシンタックス(文法)で把握し、会話による情報交換や意思疎通などを実現していますので、日常・交信言語を多用しつつ、時には思考・観念言語や深層・象徴言語もまた使われています。

文通・交信・・・日常会話と同様、共同体による言分けによる文字記号とシンタックス(文法)を使用することで、通信や交信による情報交換や意思疎通などを実現していますから、日常・交信言語を中心に思考・観念言語や深層・象徴言語もまた使われています。

報道・広告・・・文通・交信が一層深化したもので、多数の対象者に向けて、日常・交信言語を基礎にしつつ、意図的に思考・観念言語や深層・象徴言語を使用しています。

社会科学的思考・・・共同体による言分けに基づいて、文字記号とシンタックス(文法)を使用し、日常界に向けて知識や情報などを提供していますから、日常・交信言語が中心としつつ、思考・観念言語や深層・象徴言語も使っています。

心の中の情念を味わうための言語

小説・・・発信者の情念や構想を、共同体の持っている言葉とシンタックス(文法)によって表現し、発信者と受信者の間に共有感情を喚起するものであり、日常・交信言語と深層・象徴言語を多用しつつ、時には思考・観念言語も使われています。

詩歌・・・発信者の情念や感情を、共同体の共有する文字記号とシンタックス(文法)を使用して表現し、時にはそれらを超える表現さえ目ざしています。その意味では、深層・象徴言語を多用しつつ、その変型として日常・交信言語や思考・観念言語も使われています。

神話・童話・・・共同体が作り出した文字記号とシンタックス(文法)を使用しつつ、表現の対象としては言分け以前の身分け状況へ向かうことが多く、その意味では深層・象徴言語を基礎にしつつ、日常・交信言語で補っている、とも言えるでしょう。

宗教・・・読経や讃美歌などで使われる言葉は、伝達記号という次元を超えて、モノコト界(認知界:gegonósの感情や欲動を表すものであり、その意味では深層・象徴言語を中心に、日常・交信言語から思考・観念言語にまで及んでいると言えるでしょう。

以上で見てきたように、私たちの使っている言語もまた、使用するシーンによって、3つの階層に分かれてくると思われます。

2021年9月20日月曜日

言語3階層説を整理する!:その2

言語3階層説の視点から、古今東西の思想家の言説を生年順に整理しています。

前回の7人に続いて、今回は残りの7です。

K.W.フンボルトKarl Wilhelm von Humboldt1767~1835年)

言語は造り出された死者ではなく、むしろ、造り出す働きとしてみなすべきであるとし、事物の関連や意志疎通の手段として作用している事柄はむしろ度外視し、内的な精神活動との密接な関係、ある言語の起源とその相互の影響とに立ち帰って考えるべきである、と述べています。

日常・交信言語よりも、思考・観念言語深層・象徴言語を重視すべきだ、というのです。

G.W.F.ヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegel, 17701831年)

人間の言葉とは、「自然の叫び声」に基盤を置きつつも、独自の構想力によって自然性や身体性を乗り越え、周りに広がる世界から自己を区分けし対象化することで、「精神」の根源となるものだ、と主張しています。

言語3階層論に当てはめれば、深層・象徴言語はもとより、日常・交信言語思考・観念言語にまで広く及んでいる、といえるでしょう。

.ソシュールFerdinand de Saussure18591913年)

人間の言語行動には、ランガージュ、ラング、パロールの、3つの側面があると言っています。ランガージュ、ラング、パロールの関係によって、思考・観念言語日常・交信言語については認めていますが、言語の生まれる前の未言語次元、つまり深層・象徴言語については、その存在をほとんど否定しています。

E.G.A.フッサールEdmund Gustav Albrecht Husserl18591938年)

言語の持つ機能性や社会性についてはさまざまな論点を展開していますが、言語の本質や起源については、ほとんど触れていません。

言語3階層論に当てはめれば、思考・観念言語日常・交信言語に限られており、深層・象徴言語の次元にはほとんど触れていません。

S.フロイトSigmund Freud18561939年)

「言葉の起源は性愛のための呼びかけであり、そこから労働などへ広がっていった」との説は正鵠を得ているから、精神分析上の夢の解読にもそのまま応用できるとし、その所論である無意識と夢の関係の中に、言葉の起源や発展過程を求めています。

言語3階層説に当てはめれば、象徴・深層言語に基底に置きつつ、日常・交信言語や思考・観念言語を思考している、といえるでしょう。

C.G.ユングCarl Gustav Jung1875~1961年)

フロイトの所論をさらに徹底し、「言語による環境把握」の前に、「心理的イメージによる環境把握」、つまり「言語以前のイメージ」をより重視しています。

言語3階層説に敢えて当てはめれば、象徴・深層言語の胎芽ともいうべき次元の重視といえるでしょう。

井筒俊彦19141993年)

コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係は、ソシュールのいうような「恣意的」なものではなく、私たちの意識の深層(阿頼耶識)にある、なんらかの種(種子)の影響(言語アラヤ識)によって、両者が結びつくのだ、と主張します。

言語3階層説でいえば、言語アラヤ識とは象徴・深層言語ということになるでしょう。

以上のように、19世紀以降にも、言語について、さまざまな見解が示されていますが、3階層のいずれかに重点を置いた思考が多くなっているように思います。

このため、下記の表でも、中心論点がおかれた階層については大きな〇で、副次論点の場合は小さな〇で表示しています。

筆者の取り上げた思想家が偏っているせいかもしれませんが、時代が下るほど、深層・象徴言語への関心が高まっているように思います。

2021年9月10日金曜日

言語3階層説を整理する!

言語には使われるケースに応じて、幾つかの次元、つまり階層があります。

いかなる階層を認めるべきなのか、古今東西の思想家の言説を、さまざまな角度から検証してきました。

一段落しましたので、言語3階層説の視点から、生年順序により整理しておきます。


アリストテレスAristotelesBC384BC322年)

「発声されて言葉となっているもの(発話)」も「字にされて書き綴られるもの(文字)」も、ともに「しきたり」に従って使用されているものだと述べ、日常・交信言語の次元についてのみ、詳しい論述を展開しています。

.アウグスティヌスAurelius Augustinus354~ 430年)

外向き会話(自然言語の音声を伴った言葉を使う会話次元)、内向き会話(自然言語には属していない思考や情動の脳内次元)、思考向き会話(声に出さず外向き言葉の音声に似た言葉であれこれと考える思索次元)の3階層を明確に分けています。

外向き会話は日常・交信言語、思考向き会話は思考・観念言語、内向き会話は深層・象徴言語に相当します。

.デカルトRené Descartes15961650年)

普遍言語の実現を望みつつも、その前提にはまず「普遍観念」の構築が必要だ、と考えていたようです。思考・観念言語への希求ともいえるでしょう。

..ライブニッツGottfried Wilhelm Leibniz16461716年)

人間は自然言語を無意識的に想起できると考え、認識可能な世界は全て自然言語によって表現できるとし、認識された世界は、人間精神の「進歩」、つまりは「歴史」とともに広がっていく、と考えました。まさしく思考・観念言語論の典型といえるでしょう。

..ルソーJean-Jacques Rousseau1712~1778年)

言葉は欲求を表現するために発明されたのではなく、感情を表現すること、つまり「情念」こそがパロルール(音声言語)の生まれる動機だったとし、エクリチュール(文字言語)もまた、情念から自然に発声される詩や歌を文字で表そうとする試みがその根源である、と述べています。これは深層・象徴言語が言語の発生源だ、という主張です。

I.カント(Immanuel Kant:1724~1804年)

人間の認識能力には、五感から入ってきた情報を時間と空間という形式によってまとめあげる「感性」、概念に従って整理する「知性」、知性に基づいて考える「理性」があるとし、それらによって統一像がもたらされる、と主張しています。

感性、知性、理性を区分することで、深層・象徴言語と思考・観念言語については細かく位置づけていますが、両者の間にある日常・交信言語については、ほとんど触れていません。

...ヘルダーJohann Gottfried von Herder1744~1803年)

言葉とは動物の叫び声の延長線上で人間に備わっているものではなく、あくまでも人間の学習によって得られるものだ、と主張しています。

感覚的知覚の捉えたさまざまな対象に、一つ一つ目印として言葉を当て,他の対象と明確に区別して、全体的に世界を捉えようとする行動、それこそが人間の言語の起源である、というのです。これは日常・交信言語の重視を意味しているのでしょう。

とりあえず、7人の思想家の言語に関する言説を紹介しましたが、言語の3階層を明快に述べているのはローマ帝国時代の.アウグスティヌスだけであり、近代になると、3つの階層を別々に論じたり、その中の一つを重視するという傾向が強まっています。

このあたりに近代言語論の限界があるのではないでしょうか。・・・次回に続く。