19世紀の言語論では、ソシュールに続いてもう一人、ドイツの哲学者、G,W.F.ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770~1831)の所見に触れておきましょう。
ヘーゲルは、自然・歴史・精神の全てを変化・発展の推移とみなし、そのプロセスを絶対精神の弁証法的発展と理解する、哲学的な絶対的観念論を提唱しています。
彼の言語観を、先学諸賢の論考を参考にしつつ、おおまかに要約してみましょう。
ヘーゲルはまず、言葉とは「動物の叫び声の延長線上で人間に備ってもの」と述べ、先に述べたヘルダーと同じ視点に立ったうえで、その違いを次のように展開しています。
◆動物は自分の感覚を表出する際に、分節されない声、すなわち苦痛または喜びの叫び以上には進まない。 ◆これに対し、人間は分節された言語を創造している。 ◆内面的感覚は分節された言語によって語(Wort)を獲得し、全体的規定性のなかで発現され、主観に対しては対象的になり、かつ同時に主観に対しては外面的になり、疎遠になる。 ◆それゆえ、分節された言語は、人間がどのようにして自分の内面的感覚を外化するかを示す最高の様式なのである。 G.W.F.Hegel,Phanomenologie des Geistes (『精神現象学』長谷川宏訳:1998) G.W.F.Hegel,Jenaer Realphilosophie |
そのうえで、人間の言語創造力を次のような段階として論じています。長くなりますので、筆者の関心事を要旨として整理しておきます。
●第1段階・・・精神の闇からのイメージを引出して、イメージを産み出す。 内面的感覚の自由意志によらない身体化は、人間と動物とに共通するものであるが、人間の場合は自由意志によって行われる身体化である。これこそが、人間の身体に、非常に特有な精神的刻印を与えている。 ●第2段階・・・蒙昧な精神の闇から生まれたばかりのイメージに対し、秩序と支配を与える「構想力」を展開する。 この構想力によって、「イメージの世界」から「言語の世界」への決定的な第一歩が踏み出すとともに、①再生産的構想力(想起される、さまざまなイメージを統括すること)、②諸像を連結する活動性としての構想力(想起されたイメージを相互に関係づけ、イメージを普遍的な表象にまで高めること)、③象徴化する想像力から記号をつくる想像力へ移行(「象徴」次元では感性的な素材と音声等の関係は続いているが、「記号」次元では、表現している意味内容と音声や文字等の関係は無関係となっているので、未だ身体性に留まる「象徴」を超えて、より普遍的な「記号」次元へ向かうこと) ●第3段階・・・記号を創る想像力が、表象作用のとしての「記憶」への移行を促し、「精神」を形成していく。 命名する力としての言語は、精神の内面性を外在化し、精神的なものを無形の形を持った一つの存在として、人間の前に現前化させる。音声としての言語は時間の中で消失していくが、この消失を越えて残留するものこそ、心の内面が外面化されたもの、つまり「魂(Seele)の表現」としての「精神」に他ならない。それゆえ、言語とは、生きた「精神」の「定在(Dasein)」を可能にさせる「創造的な力」そのものである。 |
以上のように、ヘーゲルの言語観は、「自然の叫び声」に基盤を置きつつも、独自の構想力によって自然性や身体性を乗り越え、周りに広がる世界から自己を区分けし対象化することによって、「精神」の根源として位置づけるものです。
このようなヘーゲルの言語観を、当ブログの言語3階層論に当てはめてみると、下図のように、深層・象徴言語はもとより、日常・交信言語や思考・観念言語にまで広く及んでいる、といえるでしょう。
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