2026年11月5日木曜日

ワケワケセオリー:時代識知(共同幻想)の蓄積を振り返る!

ワケワケセオリーの全体構造を述べてきました。

この構造を基に、筆者は人口波動の中核基盤を「時代識知(共同幻想)」と考えています。

【ワケワケで5つの時代識知が生まれる!】で述べたように、マナイズム、アニミズム、ミソロジー、リリジョン、サイエンスの5つです。

これらの時代識知によって、下図のような5つの波動が生まれてきました。詳細は別のブログで展開していますが、それぞれの時代識知が生み出した文明によって、5つの人口波動が生み出されました。

つまり、マナイズム➔旧石器文明➔石器前波、アニミズム➔新石器文明➔石器後波、ミソロジー➔粗放農業文明➔農業前波、リリジョン➔集約農業文明➔農業後波、サイエンス➔工業文明➔工業現波という次第です。

その一方で、このグラフからは、人類の環境認識の重層的な構造も読み取れます。

現代に生きている私たちは、サイエンスという時代識知に基づき、環境世界を理解しているようですが、同時に認識の深層では、歴史的な時代識知もまた応用しています。

どのような識知でしょうか。

●マナイズムでは、深層言語によって「人間、事物、動植物、諸現象の作用や活動とは、活力、威力、生命力、呪力、超自然力である」(R.R.マレット)と理解しました。

つまり、BC4~BC1万年頃の人類は、太陽や月、風や波、獣や魚などの動きを、活力や生命力と感じ、環境世界はマナ(mana:超自然力、呪力)で動いている、と識知していたのです【マナイズムは深層言語が創った!】。

●アニミズムでは、象徴言語によって、有機物・無機物を問わず、あらゆるモノの中に霊魂あるいは霊が宿っている、と理解しました。

つまり、BC10000~BC3500年頃の人類は、人間の霊魂に類似する観念を、動植物や自然物など人間以外の諸存在にも類推的に押し広げ、世界は霊魂で形成されている、と理解していました【象徴言語とアニミズムが新石器文明を創った!】。

●ミソロジーでは、自然言語によって、アニミズムが捉えていた「動いているもの全ては、意志や感情を持つ主体である」という現象を「神格」という観念で受け止め、「神々」という言葉で理解するようになりました。

つまり、BC3500~AD400年頃の人類は、自然言語による擬人化と文章化によって、環境世界と人類の関係性を、神々と人間の対応として統合的に現しました【ミソロジーとは何だろうか?】。

●リリジョンでは、思考言語によって、ミソロジー(神話)が捉えていた神々の中心には至上神が存在し、あらゆる事象を統御している、という識知を人類に広めました。

つまり、AD400~1400年頃の人類は、4大宗教(仏教、キリスト教、ヒンズー教、イスラム教)を生み出し、物的環境から社会環境までを統御する共同幻想を共有しました【農業後波はリリジョンが作った?】。

●サイエンスでは、理知言語(観念言語)によって、「さまざまな記号の結びつきで、あらゆる事象が把握できる」という識知を人類間に広めました。

つまり、AD1400~現在の人類は、要素還元主義や数字・記号的思考などに主導される形式科学(論理学・数学など)から始めた発想で、自然科学(物理学・化学・生物学など)を急激に成長させると、さらに行動科学(経済学・心理学・社会学など)にも広め、この世のほとんどの現象を人類に理解させるようになりました【観念言語とサイエンスが工業現波を創った!】。

以上のように、人類はこの世、つまり私たちを取り巻く環境世界の把握法を、時の流れとともに更新しつつ、現代に至っています。

とはいえ、5つの時代識知は時代と共に消え去るのではなく、私たちの頭の中で重層的に潜んでいます。具体例をあげれば、次のようになるでしょう。

明日の朝、嵐の海に出航しようとしている漁民たちは、予めスマホで気象状況を確認した(サイエンス)うえで、お寺で安全を祈り(リリジョン)、神社に首を垂れて(ミソロジー)、迫りくる大波をなだめつつ(アニミズム)、水平線下の太陽に希望を託している(マナイズム)のです。


詳細は下記をご覧ください。



2026年10月22日木曜日

ワケワケセオリー:時代識知は「共同幻想」なのか?

ワケワケセオリーの概要を、ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)をベースに、認識世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)、生活願望(未欲・欲動・欲求・欲望・知欲)、言語段階(深層言語、象徴言語、自然言語、交信言語、思考言語、理知言語)、時代識知(マナイズム・アニミズム・ミソロジー・リリジョン・サイエンス)と眺めてきました。

……と書いてきましたが、この「時代識知」という言葉について、別のブログで「共同幻想」と表現したところ、読者の方から「意味が違うのではないか」とのご指摘を受けました。

確かに「共同幻想」という言葉は、日本の思想家、吉本隆明がカール・マルクスの「上部構造」論に準じて、その著『共同幻想論』において使用した用語です。

国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。もっと名づけようもない形で、習慣や民俗や、土俗的信仰がからんで長い年月につくりあげた精神の慣性も、共同の幻想である。人間が共同のし組みやシステムをつくって、それが守られたり流布されたり、慣行となったりしているところでは、どこでも共同の幻想が存在している。そして国家成立の以前にあったさまざまな共同の幻想は、たくさんの宗教的な習俗や、倫理的な習俗として存在しながら、ひとつの中心に凝集していったにちがいない。
(吉本隆明『共同幻想論』角川文庫版の序文)

上記の論理に従えば、国家や法律はもとより、風俗や宗教、習慣や土俗的信仰まで、全てが共同幻想である、ということになります。

となると、このブログで主張する「マナイズム、アニミズム、ミソロジー、リリジョン」は言うまでもなく「共同幻想」です。

数万年の人類史を振り返れば、周りに広がる環境世界を、旧石器時代の人々はマナ(mana:活力・生命力)で動いていると感じ、新石器時代の人々はアニマ(anima:霊魂・霊)が宿っていると悟りました。続く粗放農業時代の人々は擬人化と文章化によるミソロジー(mythology:神話)で、また集約農業時代の人々はリリジョン(religion:宗教)で、それぞれ理解したものと思われるからです。

この延長線上で考えれば、私たちが絶対的な真理と思っている「サイエンス(science:科学)」という観念もまた、時代とともに変化する「共同幻想」の一つということになります。

工業文明時代の私たちは、サイエンス(science:科学)によって、環境世界を理解しています。自然科学(物理学・化学・生物学など)、形式科学(論理学・数学・理論計算機科学など)、行動科学(経済学・心理学・社会学など)で、この世のほとんどが理解できると考えているからです。

このように考えると、私たち人類は、さまざまな時代に生きる人々の「時代識知」、つまり時々の「共同幻想」によって、周りの世界に対峙していえるでしょう。

とすれば、「時代識知」とは、人類史の進行過程において、人々がどのように環境世界を捉えたかという、根底的な認識次元を捉える言葉、つまり時々の「共同幻想」ともいえるでしょう【「時代識知」の要件を考える!】。

当ブログで展開している「時代識知」とは、「共同幻想」という概念も含む、より広義の言葉なのです。


2026年10月13日火曜日

ワケワケセオリー:ワケワケで5つの時代識知が生まれる!

ワケワケ構造からは、私たちの「時代識知」、つまり環境世界を理解する、基本的な理知構造も、様々な形で浮かび上がってきます。

ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)で生まれる、5つの世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)からは、6つの言語(深層言語、象徴言語、自然言語、交信言語、思考言語、理知言語:観念言語)が生み出され、これらの言語によって、5つの時代識知もまた形成されてきます【5つの時代識知は世界をいかに認識してきたのか?】。


5つの時代識知とは、どのようなものなのでしょうか?

●マナイズム(汎力)

人類が感覚で捉えた「動くもの」を、「動力」や「活力」と意識する時代識知です。
周りの環境世界では、太陽や月から魚や昆虫までが、さまざまな形で動いていますが、人類はそれらの事物を、感覚による「
身分け」力で「動く対象」と捉え、草創な言語によって「動力」や「活力」と理解しました。
こうした力を粗放的な石器で自らの暮らしに取り込み、石器前波の人口容量を生み出しました。

●アニミズム(汎霊)

人類が感覚で捉えた対象の中に、意識による「識分け」によって何らかの精神性を認め、象徴的な言語で「霊魂」や「精霊」とみなした時代識知です。
周りの環境世界で蠢いている、さまざまな事物を「身分け」で「動くモノ」と捉え、「活力」や「生命力」と理解したうえで、「霊魂」という意思の存在や関連を認識しました。
こうした連関を石器の高度化によって自らの暮らしに取り込み、石器後波の人口容量を創造しました。

●ミソロジー(神話)

人類が感覚で捉えた対象の中に、幾つかの“心像象徴”を意識し、自然言語の「言分け」によって「文章=神話」の形で、集団的に共有した時代識知です。
環境世界で蠢いている、さまざまな事物に「人格」や「超人性」を認めたうえで、「神像」という自然言語で理解し、それらの繋がりもまた「文章=神話」の形で、集団的に共有しました。
こうした共有を自然農耕によって自らの暮らしに取り込み、人類は農業前波の人口容量を創り上げました。

●リリジョン(宗教)

人類が「身分け」「識分け」した対象を“心像象徴”として意識し、自然言語の「網分け」による思考言語によって「文章=神話」として連結したうえで、その中核を建てて、統合化をめざした集団的な時代識知です。
さまざまな事物に宿る神々を認識したうえで、中核となる象徴を置き、集団的な「統合」を実現しました。
こうした統合を農耕・牧畜に応用することで、人類は集約農業による農業後波の人口容量を生み出しました。

●サイエンス(科学)

人類が「身分け」「識分け」「言分け」した対象に、理知言語:観念言語による「網分け」を行ってアミ状の連結化を行い、集団的に共有した時代識知です。
無意識界、意識界、知識界などで蠢いている、さまざまな事物を、数字、観念、記号などの連結体として認めたうえで、幾つかの「要素」に還元し、それらの連携体として環境世界を理解しました。
こうした時代識知、つまり理知言語を応用することで、人類は工業現波の人口容量を創造しました。

以上のように、ワケワケセオリーの対象は、人類の環境理解から始まり、生活願望や言語形態を経て、新たな世界を創り出す時代識知にまで広がっています。

2026年10月5日月曜日

ワケワケセオリー:ワケワケで6つの言葉が生まれる!

ワケワケ構造からは、私たちの使っている言葉、「言語」もまた様々な形で浮かび上がってきます。

ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)によって生まれる、5つの世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)からは、6つの言語(深層言語、象徴言語、自然言語、交信言語、思考言語、理知言語:観念言語)が生まれてきます【言語6階層説へ進展する!】。



●深層言語

「身分け=感覚」が把握したものの、「識分け=意識」がまだ把握しない対象は、「無意識=深層意識」のまま、モノ界の底へ沈んでいきます。

この沈殿物を言葉になる以前のイメージや偶像などで表した記号類が深層言語です。例えば、無意識のため息・喘ぎ・息づかい(音声言語)、無意識の手振り・身振り・しぐさ(文字言語)、ユングが元型論で示した太母・老賢者・トリックスターなどの心像(表象記号)です。

要約すれば、深層言語とは、感覚が捉えた事象を、意識が把握する前の、体感的・心像的な動作やイメージです【深層言語とは・・・】。

●象徴言語

「身分け」が把握し、「識分け」が捉えた事象を、擬声語や擬態文字、イメージや偶像などで表した言葉が象徴言語です。意識が把握した事象であっても、自然言語が形成される前の未言語状態では、言葉は始原的なまま、モノコト界を浮遊しています。

例えば、オノマトペ(音声言語)、ヒエログリフや楔形文字などの象形文字(文字言語)、古墳壁画・銅鐸絵画・宗教用シンボルマークなど(表象記号)です。

要約すれば、象徴言語とは、動物的、衝動的に捉えた事象を、音声や図像などで表した言葉といえるでしょう【象徴言語とは・・・】。

●自然言語

感覚が「身分け」し、意識が「識分け」が捉えた事象を、「言分け」によって、明確なコトバやシンボル(絵や形)に形象化した言葉が自然言語です。

次の「交信言語」と異なるのは、他者との「交信」機能の高低です。外部世界を把握するため、自らのために創造する言語が「自然言語」であるのに対し、他者との会話を前提にして創造される言語は「交信言語」になります。

もっとも、自然言語と交信言語は、両方ともコト界(言知界)で使われる言語ですから、前後や順序の区分があるわけではなく、機能や目的によって差異が生まれるだけです。

それゆえ、既存の言語学などでは、「自然言語」と「交信言語」の違いを、「内言語(内言)」と「外言語(外言)」などという名称で分けています【自然言語とは・・・】。

●交信言語

自然言語が共同体との交流を通じて個人の中に深まる中で、それらを他者との交信用に使用する言語が交信言語です。

感覚が「認知」し、意識が「識知」した対象を、言葉として自覚するのが「自然言語」であり、それらを音声記号や文字記号などで、他者に向かって表現するのが交信言語です【交信言語とは・・・】。

●思考言語

自然言語の個人的な使用や共同体との交信などを通じて、個人の中に育まれた言語世界を、独自の音声や記号に変えて、自分の思考用に使用する言語が思考言語です。

自然言語に独自の網をかけ、新たな言葉を創り出しますから、「言分け」による「コト界(言知界)」から、「網分け」による「アミ界(理知界)」への移行を促す言葉となります【思考言語とは・・・】。

●理知言語:観念言語

「身分け」「識分け」「言分け」が捉えた事象を、特定の意図による「網分け」で精細に捉え直し、音声や記号などの創作言語で表現した言葉が理知言語:観念言語です。

専門的知識人や特定社会集団などの“理”縁共同体が、高度な思考するための記号として使っています。

上記の「思考言語」は、自然言語の「網」を使いつつ、発声しないまま、さまざまな選択を促す言葉でしたが、「観念言語」は、意図的な「網」を使って、発声の有無に関わらず、さまざまな選択を促す言葉です。

音声言語でいえば思考語・学術語・専門語など、文字言語でいえば数字・学術文字・専門文字など、表象記号でいえば物理記号・科学記号・学術記号などです【観念言語とは・・・】。

以上のように、ワケワケ5界からは、6つの言語が浮上してきます。これらの言葉の進展が、新たな知性や文明を切り開き、人類の歴史を構築してきました。





2026年9月22日火曜日

ワケワケセオリー:ワケワケで5つの願望が生まれる!

私たち人類は、周りの環境世界を、ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)で、5つの世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)として認識しています。

それぞれの世界から、さまざまな生活願望が生まれてきます。どのような願望なのでしょうか。5つの世界から生まれてくる、主な生活願望は、次の通りです。


➀未欲(apathy)

ソト界は「身分け」行動以前の未感覚な世界ですから、生活願望も未発のままです。
例えば、紫外線や赤外線という色彩、超低周波音や超音波という音波などは、環境世界に実在しているにもかかわらず、「身分け」行動では捉えられませんから、それらを求める願望もまた生まれてきません。

例:無欲、無私、茫漠欲など

➁欲動(drive)

モノ界は「身分け」行動で感覚的に捉えはしたものの、「識分け」が未だ掴んでいない世界ですから、さまざまな生活願望もまた、無意識界の中を漂っています。

五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、六感など)が確かに捉えているものの、意識による「識分け」が未だ届いていない状況ですから、無意識のまま沈んでいるのです。

このため、この世界では、無意識的、動物的、衝動的な願望、つまり「欲動」が漂うことになります。「欲動」とは、環境世界に放り込まれた生活民が、最初に反応する生活願望といえるでしょう。

例:夢想、幻想、錯覚など

➂欲求(want)

モノコト界は「身分け」行動で感覚的に捉えた対象を、「識分け」が意識化した世界ですから、まずは体感的、生理的な生活願望が浮かんできます。

とりわけ体感的、生理的な充足・不足状態が浮上してきますから、それらを求める「欲求」がじわじわと浮上してきます。

このため、欲求の対象としては、体感的な性能・効能・作用・特性などの機能面が中心となるでしょう。

例:食欲、明視欲、防音欲、芳香欲、防寒欲など

➃欲望(desire)

コト界は「識分け」行動で意識化された対象を、「言分け」が言語化した世界ですから、記号(言葉や知識など)の刺激を受けて、意図的な生活願望が浮かんできます。

これこそ「欲望」であり、「言分け」が生み出す、さまざまな記号の刺激を受けて、誘導的に生み出される生活願望ともいえるでしょう。

それゆえ、欲望の対象としては、言葉・文字・形・音などの「記号」が主流となります。

例:デザイン志向、カラー志向、ブランド志向、ネーミング志向、ストーリー志向など

➄知欲(interest)

アミ界は、「識分け」行動や「言分け」行動で捉えられた対象へ、特定の意図による“網”をかけて創り出した抽象的世界ですから、「学識」に誘導されて、観念的な充足を求める生活願望が浮かんできます。

これこそ「知欲」であり、さまざまな学識を求めようとする生活願望といえるでしょう。

例:知識欲、学習欲、研究欲、専門欲、検証欲など

参考【Life Creators Marketing5:生活民の意識行動とは?】

以上のように、ワケワケセオリーから見ると、私たちの生活願望にも、未欲・欲動・欲求・欲望・知欲の、5つがじわじわと浮かんできます。


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筆者の提唱する「人口波動説」と「ワケワケセオリー」を組み合わせた自信作です。ご関心があれば、ご一読いただければ幸いです。

2026年9月12日土曜日

ワケワケセオリー:ワケワケで5界が生まれる!

私たち人類は、周りの環境世界を、ワケワケ行動(身分け・識分け・言分け・網分け)によって、5つの世界(ソト界・モノ界・モノコト界・コト界・アミ界)として認識しています。

それぞれの世界の特性を、下図に従ってまとめておきましょう。 


5界の出現

➀「身分け」(感覚=視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・直覚)によって、人類の外部に広がる環境世界は「ソト界」から「モノ界」に分けられ、前者が「未知界」、後者が「認知界」となります。

➁「識分け」(意識)によって、「モノ界」が形、音、臭い、味、物など、個別に意識されると、「モノコト界=識知界」が現れます。

➂「言分け」(言葉)によって、「モノコト界」が動作、音声、形象、表号、文字などで把握されると、「コト界=言知界」が現れます。

➃「網分け」(観念)によって、「コト界」が術語、科学記号、数学記号などで理解されると、「アミ界=理知界」が出現します。


5界の特性

❶ソト界は、私たち人類や動物などを取り巻く、感覚が捉える前の無感覚的な環境世界であり、「物質界:physics」とよぶこともできます。

❷モノ界は、人類が「身分け」によって環境世界の中から認知した世界であり、「認知」したものは「無意識」として佇み、認知されなかったものは「無感覚」として物界に沈んでいきますから、「認知界:physis」と名づけられます。

❸モノコト界は、人類が「識分け」によってモノ界の中から「識知」した世界であり、識知されたものは「意識」化され、されなかったものは「無意識」のままモノ界に沈んでいきますから、「識知界:gegonós」と名づけられます。

❹コト界は、人類が「言分け」能力によってモノコト界の中からコトバ化した世界であり、されたものは「知識」となり、されなかったものは「意識」のままモノコト界を漂いますから、「言知界:cosmos」と呼ぶことができます。

❺アミ界は、人類が「言分け」によって把握した世界へ、さらに特定の意図による“網”をかけて創り出した抽象的世界であり、網に捉えられたコトは「学識」となり、されなかったものは知識のままコト界を漂いますから、「理知界:philosophies」と名づけられます。

      【Life Creators Marketing5:生活民の意識行動とは?】

以上のように、私たちのワケワケ行動によって、宇宙や地球から国土や市町村まで、あらゆる環境世界は5つの世界に分離していきます。


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筆者の提唱する「人口波動説」と「ワケワケセオリー」を組み合わせた自信作です。ご関心があれば、ご一読いただければ幸いです。

2026年9月4日金曜日

ワケワケセオリー:ワケワケのとらえる世界

4ワケ、つまり「身分け・識分け・言分け・網分け」の4行動で、私たち人類は環境世界を5つに分けて認識しています。どのように認識しているのか、順番に考えてみましょう。


➀身分けで覚える

「身分け」、つまり「感覚」によって、私たちは環境世界を「おぼえず:覚えず」と「おぼえる:覚える」に分けています。

「おぼえず:覚えず」とは、環境世界に存在しているにもかかわらず、感覚器では捉えられない行動を意味します。例えば、紫外線や赤外線という色彩、超低周波音や超音波という音波などは、感覚器では捉えられません。

これに対し、「おぼえる:覚える」とは、環境世界を感覚器で捉えられる行動です。視覚が捉えた形や色、聴覚が捉えた風音や音声、触覚が捉えた硬さや柔らかさ、味覚が捉えた甘さや辛さ、嗅覚が捉えた香りや臭み、体感が捉えた熱気や痛みなどです。【生活世界構造で精神状態を読む!】

➁識分けで識る

「識分け」、つまり「意識」によって、私たちは環境世界を「しらず:識らず」と「しる:識る」に分けています。

「しらず:識らず」とは、感覚が捉えているにもかかわらず、意識できない行動です。例えば、視界に入っていても気づけない「非注意盲」、目に映っていても、脳が見ようとしない「スコトーマ(Scotoma)」などで、「無意識」とも名づけられています。

一方、「しる:識る」とは、感覚が捉えた現象を的確に意識する行動です。例えば、目に見えた物事をあれこれ仕分ける行動、耳に聞こえた物音にさまざまに反応する行動などです。

➂言分けで話す

「言分け」、つまり「言葉」によって、私たちは環境世界を「はなさず:話さず」と「はなす:話す」に分けています。

「はなさず:話さず」とは、感覚が把握し意識が捉えているにもかかわらず、言葉にはしない行動です。例えば、複雑な物事に言い惑ったり、斬新な事柄に適切な言葉が見つからない場合などです。

これに対し、「はなす:話す」は、感覚が把握し意識が捉えた現象を、共同体が共有する言葉によって表現する行動です。例えば、茶色の小動物を、日本語では「犬」、英語では「dog」、フランス語では「Chien」などと言分けます。

➃網分けで考える

「網分け」、つまり「観念」によって、私たちは環境世界を「かんがえず:考えず」と「かんがえる:考える」に分けています。

「かんがえず:考えず」とは、感覚が把握し意識が捉え、言葉が表した現象にも関わらず、観念言語にはしない行動です。例えば、清水と泥水の区別を、科学記号の「H2O」では仕分けません。

一方、「かんがえる:考える」とは、感覚が把握し意識が捉え、言葉が表した現象を、観念言語で表現する行動です。例えば、風という現象を、気象学では「気流」、神話学では「風神」、エネルギー論では「動力」などと表現しています。

以上のように、私たち人類は環境世界を「覚える・識る・話す・考える」の4つの認識行動で、「覚えず」を加えた、5つの世界に仕分けしています。


このブログで展開している「生活世界論」をベースに、10万年の人類史を再構築した新著『ル・ルネサンス…人口減少が開く新世界』を、Amazonのkindle版としてアップしました。

筆者の提唱する「人口波動説」と「ワケワケセオリー」を組み合わせた自信作です。ご関心があれば、ご一読いただければ幸いです。