2017年10月20日金曜日

「白戸家」の物語は終わるのか?

「白戸家」のCMが終わるか終わらないのか、ネット上で話題になっています。


このためか、このブログでもビュー数が急増しています。

かつて【
白戸家はなぜ三太郎に敗れたのか?:2016年5月10日】に始まり、数回にわたって白戸家」CMの弱点を指摘してきたからです。

敗因の要点は、白戸家CMが「物語戦略」であるのに対し、三太郎CMが「神話戦略」である、という点です【
物語戦略と神話戦略・・・どこがどう違うのか?:2016年7月15日】。

両者の根本的な違いは【
物語戦略と神話戦略・・・違いを整理する:2016年7月29日】で詳しく述べていますが、要点を再掲すれば、

◆物語戦略は需要者の欲望を刺激して、供給者側からの強引な誘導を行う手法

◆神話戦略は需要者の欲動(無意識や感覚)を刺激して、需給両者の共感を作りだす手法

ということになります【
物語は供給者からの誘導、神話は需要者との融合:2016年8月8日】。

この違いこそ、生活民の差元化志向に向けて、供給者が適切に対応していく場合に、最も意識すべき視点だと思います。

差元化行動には、象徴力次元、無意識次元、感覚次元の3次元がありますが、神話戦略は象徴力次元に対応するものです。

とすれば、他の2次元に対しても、より適切な対応が求められるでしょう。

2017年10月8日日曜日

生活民の差延化志向に対応する!

生活民の「私効」志向に向けて、供給側がマテリアリング(素材提供)を行うとき、最も基本になるのは、彼らの「差延化」行動へいかに対応していくか、です。

差延化とは何か。これについては【
生活民にとって「差延化」とは・・・:2016年12月19日】で、またその具体的な行動については【差延化戦略には5つの方法があった!:2016年12月31日】で、詳しく述べていますので、まずはご参照ください。

上記で述べた、5つの行動とは私仕様、参加、手作り、編集、変換を示していますが、これらに向かって、供給側はどのように対応していけばよいのでしょうか。基本的な方向は次の通りです。



①「私仕様」対応・・・生活民独自の注文に応えるもので、オーダースーツ、オーダー家具、オーダー結婚式パーティーなど、カスタマイズに対応できる素材やサービスを拡大する。

②「参加」対応・・・生活民に7~8割程度の素材を提供して、自立志向を鼓舞するもので、組み替えスーツ、キット家具製作クラブ、自由設計プレハブ住宅、ログハウスなど、パーティシペート志向に応じた素材やサービスを強化する。  

③「編集」対応・・・生活民の“自主編集権”を満足させるもので、各社の衣料を組み合わせて独自スタイルをつくり出す生活民編集ファッション、各社の部品を編集して独自の車をつくり出す改造車や改造バイクなど、エデイット志向に応じた素材やサービスを拡大する。

④「変換」対応・・・生活民が商品の用途を自由に変えられる要素を提供するもので、ポケットベルの用途多様化、冷蔵庫の総合保管庫化など、コンバート志向に応じた素材やサービスを強化する。

⑤「手作り」対応・・・生活民に2~3割程度の素材を提供するもので、手作りビール、デコラティブ(装飾的)ペインティング、デコパージュ風ニュー手芸、個人手配海外旅行など、ハンドメーク志向に対応した素材やサービスを拡大する。

以上のように、供給者のマテリアリング(素材提供)の基本とは、これまでのマーケティングの基本であった、一方的な商品・サービス供給体制を脱して、生活民がそれぞれの生活を創造していくための素材をインタラクティブに提供することにあるのです。

2017年9月27日水曜日

マテリアリングに対応する供給者の基本条件

生活民の「私効」志向に向けて、供給側がマテリアリング(素材提供)を行うには、どのような方法があるのでしょうか。

生活民が生活素場に求める、基本的な要件を【〝差延化〟で消費市場を脱構築する!:2017年2月25日】であげていますので、それぞれに対応して、供給者側に求められる行動とは何か、を考えてみましょう。



①「自給自足」実現のため「他給自足」を活用しようとする生活民に対応して、供給者はあらゆる商品やサービスを、生活素材(効素:効用の素)として柔軟に利用できるように配慮することが求められます。

②コト次元で差延化力を高める生活民に向けて、情報素場においては、彼らの「私効」に自由に変えられるようなコトを、多面的な「共効」として供給していくことが必要です。

③モノ次元で差延化力を高める生活民に向けて、生活素場においても、彼らの「私効」に変えられるようなモノを、多面的な「共効」として供給していくことが必要です。

④コスト次元で差延化力を高める生活民に向けて、市場価格そのものもまた差延できるような、新たな価格体系を創り上げていくことが求められます。

⑤モノ・コト・コストの差延化で消費市場を生活素場へとデコンストラクト(déconstruct:解体・再構築)しようとする生活民にむけて、従来の「消費市場」の意味や機能を、生活素材提供装置としての「生活素場」へと再構築していくことが必要です。

以上のように、生活民の「私効」志向拡大に対して、供給側が柔軟に対応していくためには、マーケティングからマテリアリングへの転換、さらには消費市場そのものの生活素場への転換が求められているのです。

2017年9月18日月曜日

マテリアリングとは何か?

マテリアリング(materialing)とは、生活素場で供給側に立つメーカーや流通業が、需要側に立つ生活民に向けて、どのように対応していくべきか、その方法を追求することです。

生活民とは、すでに述べたように、①「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)」を、②「言葉(word)」や「記号(sign)」よりも「感覚(sense)」や「象徴(symbol」を、③「真実」よりも「虚構」から「日常」や「真実」を、それぞれ求めたり眺めたりする主体です。


こうした主体に向けて、さまざまな商品やサービスに提供していくには、従来とは一味違った、新たな対応が求められます。

その一つが「私効対応」であり、生活民の求めている「私効」志向にどのように対応していくか、を考えなければなりません。

生活民が「私効」を創り出すのは、
先に述べたような、次の5つ行動です。

①それぞれの生活の中で、自分で創り出した「私効」を中心としつつも、外部から調達してきた「価値(=共効)」を「個効」として受け入れ、新たな「私効」へと変換することにで、有用性(ネウチ)の範囲を広げていきます。

②社会と個人の間にある間人界において、一人の個人として、個人的な使用(=パロール1)を行う時に、社会的効用を受け入れたうえで、「個人的有用性(=私効)」を新たに創りしていきます。

③供給側からの執拗なマーケティング活動に惑わされることなく、消費市場への自らの対応力(Life Creators Marketing)を高めていきます。

④「価値(=共効)」や「個効」を「私効」へ変換するため、「差延化行動」(私仕様、参加、手作り、編集、変換)を使いこなしていきます。

⑤生活民は、差延化力を高めることによって、既成の社会的装置として確立されている消費市場の機能を、新たに「生活素場」へと脱構築していきます。

生活民のこのような「私効」志向に向けて、供給側が本気でマテリアリングを行おうとすれば、幾つかの対応策が考えられるでしょう。

2017年9月10日日曜日

マーケティングからマテリアリングへ

生活民とは、①「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)を求め、②「言葉(word)」や「記号(sign)」よりも「感覚(sense)や「象徴(symbol)」を重視し、③「真実」よりも「虚構」から「日常」や「真実」を眺める主体である、と述べてきました。

これは従来、需要側の主体として考えられてきた消費者という立場とは、大きく異なっています

消費者とは、①「価値(Value=Social Utility)」に従って、「個効(Individual Utility)を求め、②「感覚(sense)」や「象徴(symbol)」よりも、「言葉(word)や「記号(sign)」に追随し、③「真実」と「虚構」の混在する「日常」の中で生きている主体であるからです。

とすれば、「消費市場」という概念もまた、大きく変わってきます。


消費市場」とは、生産者が提供する商品やサービスを、消費者が購入して、そのまま利用するための交換空間であると理解されてきました。

だが、新たな概念は、生産者が提供する商品やサービスを、生活民があくまでも”素材”として購入し、独自の”私効”として活用していくための取得空間、ともいえるものだからです。

つまり、生活民という立場からみると、従来の「消費市場(consumer market)」とは、あきまでも“生活素材”を調達するために「生活素場(life materials space)ということになるでしょう。

そうなると、供給側である生産者の立場も大きく変わってきます。

従来は、生産者が消費者の意向を探って、適切な対応を行うという活動は「市場対応=マーケティング(marketing)とよばれてきました。

しかし、生産者が生活民の意向を探って、適切な対応を行うという活動は「素場対応=マテリアリング(materialing)とでもよぶべきものになる、と思われます。

マーケティングからマテリアリングへ、供給者かつ生産者である企業にとって、この転換はどのような意味があるのでしょうか。

生活民と生産者の関係、生活素場と生産者の関係を、新たな視点から見直していきましょう。

2017年8月31日木曜日

生活民は「真実」を超える!

生活民とは、「真実」よりも「虚構」から「日常」や「真実」を眺める主体である、と述べてきました。

その意味するところは、これまで何度も述べていますので、改めて整理しておきましょう。

①言葉の示す「真実」とは、メタ・メッセージ」という言葉の約束事に依存しているにすぎない。メタ・メッセージ論では、言葉の示すものを真実⇔曖昧⇔虚構の三空間で使い分けることで、勤勉⇔曖昧⇔怠惰などの生活行動の本質を見直しているだけだ。・・・【
前後軸が作るメタ・メッセージの世界:2015年3月12日】

②「真実」とは「嘘」ではない、と信ずる態度である。私たちは、儀式や儀礼の場で使われている言葉を、些か胡散臭さを感じたとしても、全く疑いをはさむことなく「真実」として理解し、その延長線上で「学習・訓練」や「節約・貯蓄」といった生活行動においても、言葉の示した目標をできるだけ「真実」として受け入れて、それを実現すべく努力しているだけだ。・・・【
メタ・メッセージが「真実」を保証する! :2017年6月29日】

③生活民はモノ界とコト界の両面から、真実に対応していかなければならない。日常の世界とは、コスモスとカオスのせめぎ合う世界、あるいはモノとコトの行き交う「モノコト界」であり、二重の意味で「真実」を保証するものではない以上、真実とはかなり遠いところで生きている存在と自覚することが必要だ。・・・【
嘘を作り出す二重の構造!:2017年6月10日】

④生活民は真実と虚構へ対応力を向上させなければならない。消費市場では、商品供給側からのマーケティング戦略が、真実向けを差真化戦略、虚構向けを差戯化戦略と位置づけて、日常的な戦略とは一味違った戦略で迫ってくる以上、生活民もまた両者への対応を仕分けていく必要がある。・・・【
「脱・真実」へ対応する!:2017年5月23日】

⑤生活民は、象徴次元での言語感覚を高めることで、記号次元のウソ・マコトを仕分ける能力を上昇させていく。言葉には、音声記号や活字記号など「表層意識において理性が作り上げる言語」と、無意識をとらえる「深層意識的な言語」がある。表層的な言語が「記号」であるとするなら、深層的な言語は心理学的な意味での「象徴」である。象徴次元での言語感覚を高めることで、記号次元でのウソ・マコトを仕分ける能力もまた急速に上昇できる。・・・【
“象徴”力の向上でウソとマコトを見分けよう!:2017年7月19日】

以上のように、生活民は”脱・真実”の飛び交う現代社会の中で、“超・真実”を求めていく主体なのです。

2017年8月20日日曜日

生活民は「デザイン」を超える!

生活民とは、「言葉(word)」や「記号(sign)」よりも「感覚(sense)」や「象徴(symbol」を重視する主体である、と述べてきました。

その意味するところは、これまで何度も述べていますので、改めて整理しておきましょう。


①デザイン、ブランド、ストーリーなどが、生活民の真の生活願望を迷わせている。フランスの哲学者、B・スティグレールは、供給者の展開するマーケティング活動が、さまざまなメディアを通じて消費者の感覚を麻痺させ、一人ひとりが元々持っていた、個人的な欲望や欲求を消滅させている、と主張する。・・・【差異化手法を批判する!;2016年2月11日

②生活民は「差異化=記号化」の向こう側に「象徴化」を展望する。同じくフランスの哲学者で、差異化手法の思想的根拠ともなったJ.ボードリヤールでさえ、「すべての命名の起源である意味作用は、価値についてしか語ることができない。象徴的なものは価値ではないからだ。・・・記号と価値を抑制して、象徴的なものを回復させなくてはならない」と述べる。・・・【ボードリヤールも批判する!:2016年3月5日

③生活民は、一人ひとりの人間に元々備わっている感覚・無意識・象徴力を回復させる。供給者の展開する「差異化」行動に対抗して、生活民は「差元化」行動を拡大させ、記号の専横を抑制していく。・・・【差異化を超えて差元化へ:2016年4月19日

④生活民が強化すべき「差元化」行動とは、それぞれの生活世界において、感覚、無意識、欲動、感度、体感、象徴、神話などを求める願望に応え、言葉や記号をあえて外し、身体性や直感性、原始性や動物性などの「身分け」力を回復させることを意味する。・・・【差元化とは何か?:2015年8月20日


⑤生活民は感覚界の3次元に向けて、積極的に働きかける。象徴次元にはシンボルや元型(アーキタイプ)の動きに注意を払い、無意識次元には眠り、酩酊、陶酔といった状況に自らを追い込んで、生来の直感力や超能力を回復させる。そして、感覚次元には個々人の身分け能力、つまり五感や六感などの感覚を鋭敏にして、マーケティングやマスメディアの作り出す幻想を乗り超えていく。・・・【差元化とは何か?:2015年8月20日


以上のように、生活民とは生来の感覚能力を回復させることで、過剰な「記号」社会を言葉と感覚のバランスのとれた「言感均衡」社会へと脱構築させる主体なのです。

2017年8月9日水曜日

生活民は「価値」を超える!

生活民とは「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)」を求める主体である、と述べてきました。

その意味するところは、これまで何度も述べていますので、改めて整理しておきましょう。



①生活民は、それぞれの生活の中で、自分で創り出した「私効」を中心としつつも、外部から調達してきた「価値(=共効)」を「個効」として受け入れ、新たな「私効」へと変換することにで、有用性(ネウチ)の範囲を広げていく。・・・【
生活民は「価値」よりも「私効」を重視!:2016年11月22日】

②生活民は、社会と個人の間にある間人界において、一人の個人として、個人的な使用(=パロール1)を行う時に、社会的効用を受け入れたうえで、「個人的有用性(=私効)」を新たに創り出していく。・・・【
新たな「価値」を創るには・・・:2016年11月29日】

③生活民一人ひとりは、供給側からの執拗なマーケティングに惑わされることなく、消費市場への自らの対応力(Life Creators Marketing)を高めていく。・・・【
生活民は「価値」に惑わされない!:2016年12月7日】

④生活民は、「価値(=共効)」や「個効」を「私効」へ変換するため、「差延化行動」(私仕様、参加、手作り、編集、変換)を使いこなしていく。・・・【
生活民にとって「差延化」とは・・・:2016年12月19日月】

⑤生活民は、差延化力を高めることによって、既成の社会的装置として確立されている消費市場の機能を、新たに「生活素場」へと脱構築していく。・・・【
〝差延化〟で消費市場を脱構築する!:2017年2月25日】

以上のように、生活民とは、供給者の差し出す「価値」を超えることで消費市場」の意味までも変換していく主体なのです。

2017年7月30日日曜日

「生活民マーケティング」は「LC-Marketing」だ!

生活民マーケティング」という視点から、供給側の打ち出す差化戦略(差別化、差異化、差元化、差汎化、差延化、差真化、差戯化)に向けて、一人ひとりの「生活民」が行うべき対応行動を一通り述べてきました。

一区切りつけるために、「生活者」や「消費者」と比較して生活民」の行う生活行動のポイントを整理しておきましょう。

生産者とは・・・


①「価値(Value=Social Utility)」によって「個効(Individual Utility)」や「私効(Private Utility)」を誘発する主体である。・・・【
新たな「価値」を創るには・・・:2016年11月29日】
②「感覚(sense)」や「象徴(symbol」よりも「言葉(word)」や「記号(sign)」によって商品を売ろうとする主体である。・・・【
差異化とは何か?:2015年7月17日】
③「真実」も「虚構」も、両方とも新たな「価値」や「販売手段」として利用しようとする主体である。・・・【
7つの生活願望をつかむ、7つのマーケティング戦略:2015年6月24日】

消費者とは・・・


①「価値(Value=Social Utility)」に従って、「個効(Individual Utility)」を求める主体である。・・・【
生活民にとって「差延化」とは・・・:2016年2月19日】
②「感覚(sense)」や「象徴(symbol」よりも、「言葉(word)」や「記号(sign)」に追随する主体である。・・・【
差異化と差元化を比較する!:2015年12月26日】
③「真実」と「虚構」の混在する「日常」の中で生きる主体である。・・・【
「脱・真実」へ対応する!:2017年5月23日】

生活民とは・・・


①「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)」を求める主体である。・・・【
生活民は「価値」よりも「私効」を重視!:2016年11月22日】
②「言葉(word)」や「記号(sign)」よりも「感覚(sense)」や「象徴(symbol」を重視する主体である。・・・【
差異化を超えて差元化へ:2016年4月19日】
③「真実」よりも「虚構」から「日常」や「真実」を眺める主体である。・・・【
嘘を作り出す二重の構造!:2017年6月10日】

このような生活民の生活行動を、前回説明した生活球の中に位置づけてみると、下図のようになります。





以上のように、生活民の立場を定めてくると、その英語名称もまた、consumer(消費者)やPro-sumer(生産・消費者)はもとより、
User(需要者)やSelf-helper(生活者)というよりも、Life Creators民:複数)といった方が適切かもしれません。

とすれば、「生活民マーケティング」という名称もまた、「Life Creators Marketing(略称:LC-Marketing」ということになるでしょう。

2017年7月19日水曜日

“象徴”力の向上でウソとマコトを見分けよう!

真実界と虚構界の、2つの空間に挟まれ、真偽の入り混じった生活空間・・・これこそが私たちが毎日暮らしている日常界です。

それゆえ、私たちの日常生活とは、真実と虚構の狭間で絶えず揺れ動いています

とりわけ、最近ではSNSなどWeb Networkの拡大で、日常界ではウソの比重が急速に高まってきました

真っ赤なウソやいい加減な情報が飛び交ったり、客観的な事実を無視して感情的な主張のみが罷り通る政治状況、いわゆる「Populism」も広がり始め、「post-truth(脱・真実)」などという懸念も高まっています。

IT技術が創り出した、こうした社会環境に、私たち一人ひとりの生活民はどのように対応していけばよいのでしょうか。

すでに「
SNSにどう向き合うか?」(2017年5月11日)で述べましたが、2つの基本的な態度が求められます。

情報環境への差延化行動の強化・・・「私仕様」「参加」「編集」「変換」「手作り」という5つの基本行動を積極的に展開して、情報市場の生活素場化を進めていく。

②情報発信の基本である言語虚実性の応用化・・・「言葉」というツールの、真実と虚構という二重性を徹底的に理解したうえで利用していく。

この2つは下図でいうと、個人-社会軸、真実-虚構軸に対応するものですが、これらに加えてもう一つ、言語-感覚軸に対応する行動が考えられます。




深層的言語能力の強化・・・SNSなどで多用されている表層的な言語(記号)だけでなく、それらの深部に存在する、深層的な言語(象徴)の活用行動を深めることで、表層記号の真偽を見分ける能力を高めていく。

言葉というと、音声記号や活字記号など「表層意識において理性が作り上げる言語」だけと考えがちですが、もう一つ、無意識をとらえる「深層意識的な言語」があります(井筒俊彦『意識と本質』)。

なんとなく気持ちが悪い、なんとなく違和感がある、とりあえず好感度が高い、といった次元で、周りの現象を把握し、それを日常言語以前のイメージ(元型)
オノマトペ(擬声語)などで理解することです。

表層的な言語が「記号」であるとするなら、深層的な言語は心理学的な意味での「象徴」とよばれています。

象徴次元のウソとマコトは、記号次元に比べると、より直接的に身分けられるものです。象徴次元での言語感覚が高まれば、記号次元でのウソ・マコトを仕分ける能力もまた急速に上昇していきます。

それゆえ、象徴という言語を使いこなすために、直観力や体感力など、もともと人間に備わっている表象能力を改めて強化することが必要です。

「post-truth(脱・真実)」を打ち破るためには、①②に加えて、究極的には③の象徴力の錬磨が求められるでしょう。

2017年7月6日木曜日

メタ・メッセージで「虚構」を遊ぶ!

「まこと」や「真実」の対極にある「うそ」や「虚構」は、どんな仕組みから生まれてくるのでしょうか。

言葉という装置は、「真実」を保証するとともに、「虚構」もまた作り出しています。

言葉の作り出すメタ・メッセージ空間には、すべてを「真実」とみなす「真実界」と、すべてを「虚構」とする「虚構界」が、「日常界」を挟んで向かい合っています。

このうち、虚構界とは「
差戯化とは何か?」(2015年11月29日)の中で述べたように、言葉の示すことをすべて嘘とみなしたうえで、その嘘を楽しむ場であり、いわゆる「ザレゴト」「アソビゴト」「カケゴト」「ソラゴト」「タワゴト」などの言葉が浮遊する空間です。

虚構界の中では、私たちは言葉の示す意味や目標を意識的に緩めたうえで、自らの行動をあえて弛緩させ、遊びや解放を味わっていますが、その中身を整理してみると、次の2つに大別できます

➀言葉の持つ規範性を敢えて無視し、怠惰、虚無、浪費、蕩尽などへまっしぐらに転落していこうとする消極的な弛緩行動であり、個人次元でいえば目標や規律を外した怠惰や惰性、経済次元でいえば節約や貯蓄を無視した浪費や蕩尽などが該当します。

勤務中のタバコやコーヒーは、日常界では怠惰や惰性とみなされやすいのですが、虚構界であれば息抜きやリフレッシュとして評価されます。

仕事納めの大宴会は、日常界では浪費や無駄使とみなされますが、虚構界であれば 大番振舞やポトラッチ(蕩尽儀礼)として評価されます。

②言葉の虚構性をむしろ認めて、遊戯、ゲーム、模擬、混乱などを思い切り楽しもうとする積極的な遊戯行動であり、個人次元でいえば息抜きのための遊戯や遊興、社会次元でいえば大衆的なスポーツやエンターテインメントなどが該当します。

●男同士が本気で殴りあえば、日常界では「大喧嘩」と見なされて可罰対象になりますが、虚構界であれば「ボクシング」というスポーツ行為として、何のお咎めがないばかりか、恰好な見物対象になります。

●ゴジラがビルを破壊すれば、日常界では「大災害」と見なされますが、虚構界であれば「映画」の中のこととして、娯楽や鑑賞の対象になります。


以上のように、虚構界では虚構行動そのものが、真実とは異なる意味で、有意義な生活行動として認められています。

「うそ」という行動は、「まこと」と同等に、私たち人間の生活の中で重要な位置を占めているのです

2017年6月29日木曜日

メタ・メッセージが「真実」を保証する!

現実と仮想、真実と虚構・・・どちらもまた、私たち人間の「言分け」力が作り出したものです。

この「真実」・・・、私たちが言葉で作り出した「真実」とは、一体いかなるものなのでしょうか。

すでに「
差真化とは何か?」(2015年11月5日)で述べていますが、私たちが「言分け」能力によって作り出した「モノコト界」の中では、真実を表す言葉と虚構を表す言葉が複雑に入り組んで使われています。

私たちが毎日暮らしている生活空間とは、真と偽の入り混じった生活空間であるからです。

だが、このままでは不安になってきますから、私たちは予め、言葉が真実を保証する場と、言葉が虚構であることを示す場を用意して、それぞれの中で言葉を使い分けています。

この装置がいわゆる「
メタ・メッセージ」ですが、それは一つ一つの言葉がさまざまなモノやイメージを示す「基本的なメッセージ」の次元を超えて、幾つかの言葉がまとまって一定の約束事を示す「超越的なメッセージ」の次元を示しています。

前者の、言葉の示すことを全く疑わないで、すべてを真実とみなす場が「真実界」であり、その中で私たちは儀礼、緊張、勤勉、学習、訓練、節約、貯蓄などを行なっています。つまり、「マコト」「ナライゴト」「サダメゴト」などです。

他方、後者の、言葉の示すことをすべて虚構とみなしたうえで、その嘘を楽しむ場が「虚構界」ですが、ここでは遊戯、弛緩、怠惰、放蕩、遊興、浪費、蕩尽などを行なっています。いわゆる「ザレゴト」「アソビゴト」「カケゴト」などです。

とすれば、真実界の中で使われている言葉は、すべて「真実」であるという約束のうえでで、モノゴトを表現しています。

逆にいえば、真実界で使われる以上、一つの言葉は必ず真実を示さなければならない、というきまりになっている、ともいえるでしょう。

さらにいえば、言葉の意味するモノを疑っていては、「言分け」力の存在すら無くなる。それは人間そのもの存在すら否定することになりかねないのです。

それゆえ、私たちは、儀式や儀礼の場で使われている言葉を、些か胡散臭さを感じたとしても、全く疑いをはさむことなく「真実」として理解しているのです。

その延長線上で「学習・訓練」や「節約・貯蓄」といった生活空間においても、言葉の示した目標をできるだけ「真実」として受け入れ、それを実現すべく努力するのです。

このように考ええると、言葉の示す「真実」とは、「メタ・メッセージ」という約束事に強く依存しているものだ、ともいえるでしょう。 

2017年6月21日水曜日

IT が創り出す“虚構現実”とは・・・

日常の世界とは、コスモスとカオスのせめぎ合う「モノコト界」であり、「真実」を保証するものではありません。

その世界へ近頃ではさらに、IT技術が創り出す「虚構現実」が大量に参入し始めています。

高精度なゴーグル型のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)も登場し、それらを利用すれば、架空の現実を真実のように体験できるようになってきました。

この「虚構現実」では、現在のところ VR、AR、MRの3つが代表的です。

VR(Virtual Reality : バーチャルリアリティ:仮想現実)・・・コンピューター上に人工的な環境を作り出し、利用者があたかもそこにいるかの様な感覚を体験できる技術。

AR(Augmented Reality : オーグメンテッドリアリティー:拡張現実)・・・現実の上に付加情報を表示させて、現実世界を拡張する技術。

MR(Mixed Reality : ミックスドリアリティー:複合現実)・・・VRが創り出した人工的な仮想世界の上に現実世界の情報を重ね合わせ、現実と仮想を融合させた世界を創る技術。

説明文だけではわかりにくいので、実例をあげてみましょう。

VR・・・現実には見えない星までも、精密に描き出すプラネタリウムアプリ。

AR・・・スマホの画面に映った夜空の上に、星座の形を描き出すアプリ。

MR・・・プラネタリウムアプリが描き出した星空の中に、現実に操縦可能なロケットで乗り出していくアプリ。

3つの「虚構現実」を創り出すのもまた、基本的には、私たち人間の持つ「言分け」能力です。

それゆえ、前回述べた「身分け・言分け構造」の中に位置づけてみると、下図のようになります。




 VRはコト界が創り出した模擬的世界、ARはモノコト界へコト界が介入した付加的世界、MRはVRの創り出した模擬的世界にコト界の創り出した、もう一つのモノコトが算入する融合的世界ということです。

現在のところはまだVRが中心ですが、今後は現実世界を拡張するAR、さらに仮想と現実を組み合わせるMRへと発展し、虚構と現実が多様に絡み合う日常が到来することになるでしょう。

それにつれて、現実と虚構の間が次第に曖昧となり、真実そのものの意味もまた問い直されるかもしれません。 

2017年6月10日土曜日

嘘を作り出す二重の構造!

 言葉を持った時から、人間は嘘の中で生きています。

言葉という人類の道具そのものが、必ずしも真実をとらえるものではないからです。

すでに「
身分け・言分けが6つの世界を作る!」(2015年3月3日)で述べていますが、人間は二重の意味真実から逃げている動物です。

①「身分け」られなかったモノは、初めからなかったことにしている

人間の周りには物理的な世界、すなわち「物界(フィジクス:physics)が広がっています。

そこから人間は本能や感覚器による「身分け」によって「モノ界(環境世界)」を拾い上げ、それを「自然」そのものとしてとらえています。

しかし、とらえられなかった物的世界は「感覚外界(メー・オン:mee on=非在)として排除しています。

例えば、紫外線という光は、魚類、爬虫類、鳥類、昆虫などには感知できる種がいますから、まちがいなく実在していますが、ヒトの目にはまったく見えませんから存在しないのと同じことになります。

犬笛が発する1600~2000ヘルツの音も、犬には聞こえますが、ヒトにはほとんど聞こえませんから、物質的には存在しているものの、人間には存在しないことになります

私たち人間は周りの「自然(ピュシス:physis)」を、物理的世界そのものだと思いがちですが、必ずしもそうではないのです。ヒトという種にとっての「自然」とは、物界そのものなのではなく、あくまでもヒトという種の本能や感覚器を通過したかぎりでのフィジクスにすぎないのです。

②「言分け」られなかったモノはカオスとしている

この「モノ=自然界」から、人間は「言分け」によって「言葉による世界=コト界」を抽出しています。

「コト=シンボル化能力」によって、「モノ界」の中から、葉によって理解される限りでのゲシュタルトをつり上げ、新たに「コト界」を形成しているのです。

この時、「言分け」の網の目によって、モノ界からコト界へくみ上げられたものが「コスモス(cosmos)になり、くみ上げられなかったものが「カオス(chaos)になります。

コスモスとは「言葉による世界=コト界」を意味し、カオスとは「言分け」の網の目がひろい上げられなかった「言語外の世界」を示しています。




このように、私たち人間という動物は、「身分け」能力によって、周りの「物界(フィジクス)」を「モノ界(ピュシス)」と「感覚外界(メー・オン)」に分け、さらに「言分け」能力によって「モノ界(ピュシス)」を「コト界(コスモス)」と「言語外界(カオス)」に分けたうえで、日常の生活世界を作り上げています。

それゆえ、日常の世界とは、コスモスとカオスのせめぎ合う世界、あるいはモノとコトの行き交う「モノコト界」であり、二重の意味で「真実」を保証するものではありません

人間という動物はもともと、真実とはかなり遠いところで生きている存在といえるでしょう。

2017年5月29日月曜日

メッセージが伝える、6つの嘘とは・・・

言葉の示す「」とは何でしょうか。

前回述べたように、文化人類学のMetamessage論によれば、私たちの生きている言語空間は、言葉の示すことを全く疑わないですべて真実とみなす「真実空間」と、言葉の示すことはすべて虚構とみなす「虚構空間」、そして両者の間で言葉とは真偽入り混じったものだと考える「日常空間」の、3つによって成り立っています。

それゆえ、言葉と虚実の関係が実際に問題になるのは日常空間です。

この空間内で言葉が嘘を意味するケースには、幾つかの分類法がありますが、言語学的な視点に立つと、まずは単語が嘘を示すSemantics(意味論)次元と文章が嘘を示すSyntax(統辞論)次元に分かれ、前者は2つに、後者は4つに分かれてきます。


Fake Signifié(偽語意)次元・・・犬や狐や狸などを指さして「猫だ」と、単語そのものが嘘を示すケース。

Assert Signifié(断語意)次元・・・小動物(猫、犬、狐、狸など)を見て「猫だ」と、単語の意味を断定するケース。


Fake Message(偽文意)次元・・・猫を指さして、「これは猫ではない」と、文章の前後で嘘を示すケース。

Reverse Message(逆文意)次元・・・文章で嘘を示すケース・・・目の前に猫がいるのに、「猫がいない」と嘘をいうケース。

Assert Message(断定文意)次元・・・暗闇の中の小動物(猫、犬、狐、狸など)を見て、「猫がいる」と断言するケース。

Fiction Message(虚構文意)次元・・・猫を虐めた子どもたちに、「猫は化けて出る動物だ」と諭すケース。

以上の6つが、Word自身やそれが連なったSentenceが嘘のMessageを示す、代表的なケースですが、勿論、これ以外にもなお幾つかのケースが考えられるでしょう。

生活民がこれらを的確に見破り、さらには積極的に使いこなしていくにはどうすればいいのでしょうか。

2017年5月23日火曜日

「脱・真実」へ対応する!

post-truth(脱・真実)という言葉が流行しています。

この言葉を作ったオックスフォード大学出版局によると「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況」を意味しているそうです。

アメリカ合衆国はもとより、ヨーロッパ諸国の政治状況をみると、なるほど!とも頷けます。日本もまた同様なのかもしれません。

背景の一つには、パソメディアの急速な拡大でマスメディアの相対的な凋落という、情報環境の激変が考えられます。

こうした社会的環境の変化に、生活民はどのように対応していったらいいのでしょうか。

メディア上を飛び交っている“言葉”の本質的な機能を改めて理解するところから、再構築していくことが求められます。

これについてはすでに「
前後軸が作るメタ・メッセージの世界」((2015年3月12日)や「差真化とは何か?」(2015年11月5日)で述べていますが、改めて解説しておきましょう。

私たち人間は、自然環境であれ社会環境であれ、周りの生活世界を、言葉やシンボルによって理解しています。生活世界のさまざまな現象は、一つずつ言葉と対応することによって、私たちの頭脳の中に収まっているのです。

だが、言葉とは意外に曖昧なもので、真実を示すとともに、虚偽もまた示すものです。言葉という人間独自のツールには、真実を表すとともに、嘘を表すという、両方の機能があるからです。

こうした言葉の機能を、文化人類学の専門用語では「メタ・メッセージ」と名づけています。一つ一つの言葉がさまざまなモノやイメージを示す「基本的なメッセージ」の次元を超えて、幾つかの言葉がまとまって一定の約束事を示す「超越的なメッセージ」をあらわすことを意味しています。

この立場に立つと、言葉の示すことを全く疑わないですべて真実とみなすメタ・メッセージの場が、儀礼や儀式に代表される「真実空間」であり、逆に言葉の示すことはすべて虚構とみなしたうえで、その嘘を楽しむメタ・メッセージの場が「虚構空間」ということになります。



そして、2つの空間に挟まれて、真偽の入り混じった生活空間こそが、私たちが毎日暮らしている「日常空間」です。

要するに、私たちの生活空間とは、毎日の暮らしの世界、儀式や儀礼などの真実世界、ゲームやドラマなどの虚構世界の、3つで構成されていということです。

それゆえ、私たちの日常生活とは、真実と虚構の狭間で絶えず揺れ動いている、ということになります。

以上のように考えると、言葉が作り出す、さまざまな情報世界への対応がこれまでとはかなり変わってきます。

供給側からのマーケティング戦略では、真実向けを差真化戦略、虚構向けを差戯化戦略と位置付けて、日常的な戦略とは一味違った戦略を採用し始めています。

こうした社会環境の変化に対して、生活民はどのように対応していけばいいのでしょうか。 

2017年5月11日木曜日

SNSにどう向き合うか?

企業側からの差汎化戦略として、近年最も注目すべき事例の一つはSNS(Social Networking Service)の普及・拡大でしょう。

いうまでもなくLINE、 Facebook、Twitter、Instagramなど、internetを利用してユーザー同志が手軽に情報を発信しつつ、交流を深める双方向メディアです。

利用者は年々増加しており、今年中に国内で7500万人を越え、ほぼ2人に1人が利用する、との予測もあります。

年齢構造では、20代が最も高く7割に達していますが、40代で5割、50代で4割、60代で2割と、中高年でも大きく伸びています

利用目的をみると、全体の8割が「知人や友人とのコミュニケーション」、3割が「情報の探索」、2割が「交流の拡大」「体験の報告」、1割が「思考や考え方の主張」などで使っているようです(総務省・通信利用動向調査)。

SNSのメリットは、私たち一人ひとりが、新聞・雑誌やテレビといった既成のマスメディアを通さなくても、独自の情報を自ら発信できるようになったことです。

マスコミやミニコミとは一味違うパソコミ(Personal communication)の出現ともいえるでしょう。情報の社会的交流という生活分野では、今までほとんど受信一辺倒であった生活環境が大きく変わって、自ら発信する行動が急速に拡大しているのです。

そこで、無名の一市民もまた「保育園落ちた日本死ね!!!」とか「#東北でよかった」などと書き込んで、ネット上で〝炎上〟を引き起こし、社会的な関心を集めることに成功しています。

デメリットとしては、マスメディアのように送り手側の内容チェックが入りませんから、「某有名人が死んだ」とか「某国のミサイルが発射された」など、とんでもない虚偽情報やデマが大量に飛び交ようになったことでしょう。

これにつれて、客観的な事実に目をつむり、感情的な主張のみが罷り通る政治状況、いわゆる「Populism」も広がって、「post-truth(脱・真実)などという懸念も高まっています。

供給側の差し出した、こうした差汎化状況に、一人ひとりの生活民は一体どのように対応していけばよいのでしょうか。




一つは情報環境へ
の差延化行動として、「私仕様」「参加」「編集」「変換」「手作り」という5つの基本行動を積極的に展開し、情報市場の生活素場化を進めていくことです。

もう一つは情報発信の基本である言語行動の多様性、つまり「言葉」というツールの持つ、真実と虚構という二重性を徹底的に理解したうえで利用していくことです。

次回からは供給側の差し出す差真化戦略差戯化戦略に向けて、生活民自身の対応行動を考えていきましょう。

2017年4月27日木曜日

市場を“素場”に変えよう!

生活民が差汎化対応を積極的に行えば、既成の消費市場を自助のための「生活素場」に変えていくことができます。

生活民の差延化行動が増加するにつれて、供給側でもこれに対応するような経営行動が高まってくるからです。

例えば「手作り」行動の拡大は、DIY(Do it yourself)産業100円素材産業などを生み出し、「編集」行動の進行は総菜バイキングマイブレンド酒などを、すでに出現させています。

さらに才知に富んだ「変換行動」に刺激されて、供給側でも意外な新商品を生み出しています。



洗顔クロス・・・東レ㈱が1987年から発売しているメガネ拭き用「トレシー」は、洗顔時に使うと「毛穴の汚れを取るのに効果的」という口コミが20~30代の女性の間で広まって、売り上げを4倍に伸ばしました。これに対応しようと、同社では2004年に、洗顔専用の「トレシー洗顔クロス」やボディ専用の「トレシーなめらかボディタオル」を発売しています。

手芸用マスキングテープ・・テープ状ハエ取り紙からスタートし、包装用テープや工業用マスキングテープなどの粘着テープを主力製品とするカモ井加工紙㈱は、手芸好きの女性たちの間で広がった、マスキングテープの応用事例に感銘を受けて、2008年に色鉛筆のような20色のテープ「mt」を開発し、文具店や雑貨店で発売しています。

食べるラー油・・・激辛香辛料のメーカーである㈱桃屋は、リーマンショック後の内食志向が強まる中で、単身者や共働き世帯などでは「のっけ飯」や「卵かけごはん」など、簡単ご飯への需要が浮上し、激辛のラー油を利用する動きを捉えて、2009年、激辛香辛料の1つを「食べる調味料」や「食べる料理」へと用途を転換させ、「辛そうで辛くない少し辛いラー油」を発売しました。

以上のように生活民の差汎化対応が拡大すれば、企業側の差延化対応も広がりますから、消費市場は生活素場に変わっていきます。

それこそが、生活民マーケティングとって、究極の目的の一つなのです。

2017年4月16日日曜日

「共効」を素材として「私効」に変えられるか?

生活民の差汎化対応で、2つめに求められる行動は、「共効」を素材として差延化し、「私効」に変えることです。

企業側の差し出す新商品には、常に機能、記号、体感、遊戯、真摯などで、新しいネウチ(共効)が付加されています。

しかし、生活民自身にとっては、それらが自らの生活に本当にネウチ(私効)があるか否か、必ずしも決まっているわけではありません。

とすれば、さまざまな新共効を私効に変えられるか否か、を冷静に見分けたうえで、可能性があるとすれば、その部分を自ら変換して「私効」化することが必要です。

先に述べた「差延化」という行動を、生活民の側から積極的に実施していくということです。


具体的に言えば、私仕様、参加、編集、変換、手作りなどの差延化行動を、新たな共効に対して、次のように実施していくのです。


①「私仕様」・・・供給側の差し出した新オーダーシステムを利用して、どこまで自分自身の求める「私効」が達成できるか、を見極める。

②「参加」・・・供給側の提供する新商品を、7~8割程度の素材をみなして、どこまで自分自身の求める「私効」が達成できるか、を考える。 

③「編集」・・・供給側の差し出す、新しい商品を素材や部品とみなして、自らの“自主編集権”がどこまで満足できるか否かを判断する。

④「変換」・・・供給側の差し出す、新たなネウチ(共効)をあくまでも一つの素材とみなして、どこまで自らの「私効」に変えられるか、を検討する。

⑤「手作り」・・・供給側が新たに素材として提供するネウチ(共効)を利用しつつ、自らの頭と手を使って、どこまで自分のめざす「私効」を作り上げられるのか、を改めて考える。

以上のように、生活民の差汎化対応では、新たに提供されたネウチを冷静に取捨選択したうえで、自らの生活に取り入れていくという、高度な知恵が求められます。 

2017年4月3日月曜日

新商品の“共効”をしなやかにチェックする!

生活民の差汎化対応で、最初に求められる行動は、「企業の提案する新“共効”を、そのまま受け入れず、個効、私効としてチェックする」ことです。

新共効には、新機能、新記号、新体感、新遊戯、新真摯などがありますが、これらが生活民にとって、本当にネウチのあるものかどうか、を慎重に検討することが必要です。

企業側では、技術革新の成果やマーケティングリサーチの結果などに基づいて、新たに開発した新商品を開発し、次々に消費市場へ投入してきます。

だが、それらはあくまでも供給側からのネウチ提案にすぎませんから、個々の生活民にとっては、そのまま受け入れるべき個効、あるいは自ら利用できる私効ではありません

それゆえ、生活民には新商品の差し出す新たなネウチ、つまり新共効が果たして自らの個効や私効へ転換できるか否か、厳しく検討することが求められます。




新機能については、既存機能との違いを細かくチェックし、自らの生活構築にどこまで役立つかを見定めなければなりません。

新記号については、自らの差異的ネウチ観と見合っているか否か、を冷静に検討することが必要です。

新体感については、既存の体感に新たな体験を付け加えることが本当に必要なのかどうか、を見分けることが重要です。

新遊戯新真摯などでは、生活民が本当に求めているものであるか、を改めて検討しなければなりません。

生活民のしなやかなネブミ行動によって、新商品が生活素場に根付くか否か、それが初めて決まってくるのです。

2017年3月24日金曜日

差汎化対応の3つの行動

企業側のマーケティング戦略でいえば、新たなネウチ(共効)を持った新商品を、消費市場に向けて積極的に提案していくこと、それが「差汎化」戦略です、

新たなネウチ(共効)としては、新機能、新記号、新体感、新遊戯、新真摯、さらにはこれらをさまざまに組み合わせたネウチを持った新商品や新サービスが代表的です。

(下図では
社会界の9院をベースにして、代表的な5共効をあげています。)


昨今の消費不況の中で、供給者である企業側は、新しいなネウチ(共効)を持った用具(道具)や報具(情報具)などの開発に熱心であり、さまざまな新商品が毎日のように発売されています。

とりわけ新機能商品については、近年、AIやロボットなどの新情報技術を応用して開発された電子機器や乗用車など、続々と新機能商品が売り出されています。

このように続々と提案される新共効に対して、生活民はどのように対応していけばいいのでしょうか。

基本的な行動は次の3つだと思います。



 ①企業の提案する共効をそのまま受け入れず、個効、私効としてチェックする。
 ②共効を素材として差延化して、私効化する。
 ③差延化で生み出した私効を企業側へ提案し、共効化していく。


3つの対応行動によって、消費市場を「消費財購入」から「生活素材調達」の場へと転換させていくこと、これこそが生活民としての差汎化対応だと思います。

2017年3月14日火曜日

差汎化戦略に対応する!

生活民マーケティングの立場から、差延化戦略に続いて、その対極にある差汎化戦略への対応策を考えてみましょう。

差汎化戦略とは何なのか、企業側からのそれについては、すでに「
差汎化とは何か? 」(2015年9月18日)で述べましたように、社会、価値、同調などを求める世欲に応えて、社会的なネウチ(価値=共効)や共同体的な需要を創りだす手法です。

経済学では、いわゆる「ネウチ(有用性)を「効用」という言葉で表していますが、生活民マーケティングでは、この「効用」を次の
3つの次元に分けて考えていきます。

 共効・・・社会集団が共通して認める有用性=共通効用
 個効・・・個人が共効に基づいて認める有用性=個別効用
 私効・・・私人が純私的に認める有用性=私的効用

このように分けると、
すでに述べたように、市場社会で行われている、さまざまな需給行為には、次のような矛盾が指摘できます。

①供給者である企業は、市場の存在を前提にして、商品のネウチを作り出し、かつ供給しています。このネウチとは、市場を支える多くの需要者が共通して求める「個効」を集約したものですから、まさに「共効」です。つまり、商品のネウチとは、多くの需要者が共通して商品に求める有用性、いわば有用性の“最大共通素”とでもいうべきものです。

②通常、需要者である個人は、それらの「共効」に従って商品を購入し、そのとおりに使用して、個人的な効用である「個効」を実現しています。

③しかし、個性や独創を重んじる生活民の場合は、純私的、主観的な「私効」を目的にしますから、既存の商品を購入した場合でも、それに手を加えたり、別の有用性に変換するなど、自分なりの手法で使用して「私効」を満足させています(差延化対応)。この場合、一つの商品の有用性は、市場での最大共通素を前提にしながらも、その中から個人的、主観的に選ばれる有用性、いわば“最小共通素”となります。

このようなズレがあるため、一つの商品の持つ「共効」と「私効」の間には微妙なズレが生まれてきます。

企業の側では、できるだけ多くの顧客の求めに共通する「個効」を抽出して、商品の「共効」を作り出そうとします。これに対し、個性的な生活民の側ではできるだけ自分だけの有用性を求めて、商品の「私効」を購入しようとします。

両者は当然重なっていますが、最大共通素と最小共通素がぴったり一致するのはごく稀なことです。そこで、企業は少数需要者の「私効」の一部を切り捨てることで大量生産を可能にし、また生活民は自分なりの「私効」をある程度犠牲にすることでその生活行動を実現していきます。

企業の側に立てば、この落差を埋めることが差汎化戦略であり、次のような方向が求められています。

第1に、生活民自身が試みる用途転用や用途変換に常に注意を払って、既存商品のネウチを再点検することが必要です。

第2に、社会変化や生活変動に対応して、既存商品のネウチを一旦解体し、そのうえで変化に見合うように再構築していくことが必要です。

第3にはより積極的に、今後の日本が向う人口減少社会の望ましいと思う方向を、商品やサービスの新たなネウチとして提案していくことです。

供給者の行うこのような差汎化戦略に対して、生活民一人ひとりはどのように対応していけばいいのでしょうか。

2017年3月6日月曜日

「USマーケティング」、改め「生活民(SH)マーケティング」

2016年8月18日に、このブログで「USマーケティング」を宣言して以来、フォロワーや友人の皆様から、さまざまなご意見やご批判をいただきました。とりわけUS」という名称には反対が多かったように思います。

なるほど、と感じていましたが、ここに来て、やはり修正すべきだ、と思うようになりました。その理由は次の通りです。

①「US」という名称はUser Sideを略したものですが、これがUnited States を想起させるのでは、とのご批判がありました。それでもいいのでは、と思っていましたが、ここにきて、United States of America の混迷ぶりを見ると、US という言葉のイメージは、確かにダウンしているように思えてきました。

②Userを強調する言葉でしたが、このUserとは消費市場を前提にした、単なる需要者(consumer あるいは customer)をいうのではなく、むしろ市場そのものを超えた生活主体を表しています。そうであれば、本来の趣旨を活かして、「生活民」をもっと強調すべきだと思うようになりました。

……ということで、「USマーケティング」を改め、新たに「生活民マーケティング」に変えたいと思います。


 
英訳では、とりあえず「Self-helper Marketing」とでも名付けます。

もともと「生活者」という言葉自体も英訳が困難で、「consumer」とか「prosumer」などと訳されてきました。


しかし、「生活民」の意味するところは「自給自立人」ですから、直訳すれば「Self-helper」ということになります。

そこで、「生活民マーケティング」は「Self-helper Marketing」、略称「SH Marketing」ということにしたいと思います。

2017年2月25日土曜日

〝差延化〟で消費市場を脱構築する!

これまで〝差延化〟行動の代表的な事例を幾つか眺めてきましたが、改めて整理してみると、生活民が消費市場へ対応していく時に留意すべき、基本的な要件が幾つか見えてきます。


①「自給自足」実現のため「他給自足」を活用する。
生活民の生活の基本である「自給自足」を実現していくには、自然界はもとより市場界まで、外部社会に存在する、あらゆる生活素材効素:効用の素)を柔軟に利用する「他給自足」能力が求められます。

②コト次元で差延化力を高める。
独創的な思考家が標準語の単語の意味を私的な意味に変えて豊かに使いこなす(
パロール2)ように、自然界の「効素」や市場界の「共効」などを素材にして、自らの「私効」を作り上げていく、多面的な応用力を高めなければなりません。

③モノ次元で差延化力を高める。
モノ次元での差延化力(パロール2)を実際に具現していくためには、モノそのものの選択力はもとより、直接それらに手を加えて「効素」や「共効」を「私効」に変換していく、モノへの差延化力が求められます。

④コスト次元で差延化力を高める。
自給自足であれば、生活民は己の力だけでモノやサービスを獲得できますが、市場社会の中では「効素」や「共効」を購入したうえで、「私効」化しなければなりませんから、市場価格そのものもまた差延化し、独自のコスト体系を創り上げていく態度が必要になります。

⑤モノ・コト・コストの差延化で消費市場をデコンストラクト(déconstruct:解体・再構築)する。
コト、モノ、コスト次元での差延化を実現することで、生活民は市場から押し付けられる商品やサービスのネウチを換骨奪胎し、その積み上げによって販売装置である「消費市場」の意味や機能さえも、生活素材提供装置としての「生活素場」へと再構築していかなければなりません。

以上のように、生活民の差延化行動には、既成の社会的装置として確立されている消費市場の機能変換が期待されていますが、さらにはその前提である市場社会そのものに対しても、修正の可能性を保持していると考えるべきでしょう。

2017年2月21日火曜日

「手作り」・・・生活民マーケティングの基本!

5つめの「手作り」は、「参加」や「変換」をさらに押し進め、生活民が生活財を”自分”の手で作る」行動です。

究極的には「自給自足」をめざすものですが、私たちが生きている、現在の市場社会ではほとんど不可能に近い行動です。

自分で水田へ行って田植えをし、収穫した籾を脱穀・精米してご飯を炊く、という単純な行為でさえ、今では容易なことではありません。スーパーでお米を買ってきて、炊飯器で手ずから炊き上げるのが精一杯の「手作り」です。

それゆえ、今時の「手作り」とは、購入してきた素材に何らかの形で自らの手を加え、最終的な生活財に作り上げる、という程度です。


言い換えれば、2~3割の素材に7~8割の手作りで目的のモノを作りだす、ということになるでしょう。

こうした視点から生活民の行動を見なおしてみると、衣食住はもとより、真面目(学習・儀礼など)や虚構(遊び・休養など)に到るまで、さまざまな先例が見つかります。



食生活分野ではもともと炊事や調理などでユーザーの手が入る比率が高かったためか、一旦は進んだ既製品化に対して、本来の自給行動が復活しつつあります。例えば、手作りのパン、味噌、豆腐、燻製、ビール、ワイン、日本酒、焙煎コーヒー、ハーブ、ヨーグルトなどです。

衣生活分野でも、自作ファッション、手作りアクセサリーから手作り化粧品、手作り手芸まで、自給的行動がすでに広がっています。

住生活分野では、セルフビルド住宅、手作り家具、手作りガーデニング、手作り工具など、いわゆるDIY行動が伸びつつあります。

真面目分野でも、手作り結婚式、手作り葬儀、手作り自費出版などで、手作りが進んでいます。手作り結婚式とは、ホテルや業者のお仕着せを嫌って新郎新婦が自ら演出する結婚式や披露宴であり、若いカップルの間で次第に伸びてきました。

虚構分野では、手作り海外旅行、デジタルクリエイター、手作りゲームなども急速に広がっています。

以上のように、生活財の購入が一般化している市場社会の中でも、「手作り」行動はなおも継続しているばかりか、デジタル化の進む中で少しずつ増殖しています。

とすれば、生活民に求められる「手作り」行動への対応力とは、次のように整理できるでしょう。

①消費市場から提供される商品やサービスの共効や個効にとらわれることなく、自らのアイデアと能力で自分だけの用途や私効を実現していく、積極的な姿勢が求められます。

②「手作り」の本質は、既存市場で通用している価値や共効にとらわれることなく、真に自らの望むモノやサービスを実現していこうとする「コト」能力ですから、日ごろから市場からの提供物を相対化する態度が求められます。

③コト次元の「手作り」目標を実現するためには、既存のモノやサービスを材料にして、自らの目標を実現していく「手作り力」が強く要求されます。

要するに、生活民の「手作り」力とは、自給自足」力と言い換えることができます。

かつて
「生活者」という言葉を初めて提唱した大熊信行は、生活の基本が「自己生産であることを自覚して」、「営利主義的戦略の対象としての、消費者であることをみずから最低限にとどめよう」とする人々だ、と述べていますが、この「自己生産」の基本こそ「手作り」である、といえるでしょう。

2017年2月13日月曜日

「変換」・・・生活民マーケティングの神髄!

4つめの「変換」こそ、生活民の「差延化」対応の真骨頂ともいうべき生活行動です。

消費市場から提供される商品のネウチ(共効)を、生活民独自の視点で全く別のネウチ(私効)に変えてしまうという手法です。



代表的な事例は100均商品(100円ショップの商品)の変換です。コーヒーフィルターをリースやランプシェードに、ザルを壁掛け時計に、ステンドグラスオーナメントを窓枠風インテリアに、焼き網をウォールシェルフに、フォトフレームをガラスケースに、100円手ぬぐいを子ども服に・・・などなど、生活民はすでにさまざまな転換を実現しています。

工業・工作用のマスキングテープも、さまざまに変換されています。壁紙、写真フレーム、窓飾りなどのインテリア化は勿論、メガネフレーム、ブローチ、折り紙ネックレスなどのアクセサリー化、ギフトラッピング、グリーティングカードなどの交際グッズ化というように、多様な変換事例が生み出されています。

風呂敷でも、さまざまな使用法が生み出されています。粋なデザインが描かれていますから、壁掛けやテーブルクロスにもなりますし、ネッカチーフとしても使えます。

最も日常的な事例は冷蔵庫です。真夏に独身女性がどのように冷蔵庫を使っているのか、アンケート調査では食品しか上がってきませんが、実際に写真を撮ってみると、食品以外に化粧水、薬品、ビニール袋に入れた通帳や現金、さらには新品のパンティストッキングも入っています。ストッキングは、一度冷凍すると伝染しにくくなるからです。

また冷凍庫には生ごみ入っています。1週間単位で生活していると、毎日は捨てられないので、腐臭を避けるために冷凍してしまうからです。
また先に紹介した救急医療情報キット「命のバトン」も、先端的な変換事例の一つといえるでしょう。

とすれば、冷蔵庫は必ずしも食べ物を保存するだけのものではない。生活民はむしろ総合保管庫、あるいは総合ごみ箱に変換しているのです。

このように、「変換」対応行動には、市場社会の差し出す「共効」を、ユーザーが自らの「私効」へと積極的に変えていく、典型的な生活行動が読み取れます。

とすれば、生活民に求められる「変換」行動への対応力とは、次のようなものになるでしょう。

① 既存の商品の用途や価格などには気に掛けることなく、自らのアイデアで自分の求める用途や私効を実現していくことに傾注することが求められます。

② 「変換」の本質は、日常の常識や既存の価値観を逆転する「コト」次元の能力ですから、そうした能力を常に鍛錬しておかなければなりません。

③コト次元の「転換」目標を実現するためには、既存の商品への「加工力」や「手作り力」など、「モノ」次元の介入能力もまた高めておくことが必要です。

要するに、生活民の「変換」力とは、消費市場そのものを「脱構築」していく、最も基礎的な行動の一つといえるでしょう。

2017年2月4日土曜日

「編集」・・・問われるのはコトとモノの調整力!

3つめの「編集」戦略は、さまざまな既製品を自由に組み合わせて、自分なりのモノを作りあげる、ユーザーの“自主編集権”を満足させるもので、供給側からいえば、それぞれの材料を提供する手法です。

代表的な事例としては、マイブレンド酒、惣菜バイキング、自由編集アクセサリー、高級コンポステレオなどがあげられます。



マイブレンド酒とは、自ら編集して作りだすウィスキー。バーのカウンターにウィスキーのモルト(原酒)をズラッと並べて、ユーザー自身がさまざまに混ぜながら、自分だけの「マイウィスキー」を作り出す販売方式です。

惣菜バイキングは、ユーザーが惣菜を自由に組み合わせて、好みの献立を作りあげるサービス。惣菜店の店頭に50~60種の惣菜をズラッと並べ、値段は100グラム150~300円の2種類とします。ユーザーが値段別のプラスチック容器に種類も量も自由に取って、カウンターで1回計量するだけ。別売りのごはんと合わせると、体調や好みに見合った弁当ができあがり、店員の人件費も安くなるという、双方の利点があります。

自由編集アクセサリーは、フリースタイルのアクセサリーともいわれており、1つの素材がブローチになったり、ペンダントになったり、いろいろなデザインを楽しめるもの。ユーザーがその時の気分でいろいろと工夫して、より満足度を高めることができます。

高級コンポステレオは、ちょっとマニアックなユーザーが、A社・B社・C社の商品の中から最良の部品を買ってきて独自に組み合わせ、自分好みの音感を作りだすもの。ここまでくると、最高級の編集型商品といえるでしょう。

以上のように、「編集」次元では、コトとモノへの両方の介入度が「参加」次元よりも、いっそう強まってきます。「参加」次元への介入度が5割以下だったとすれば、「編集」次元のそれは5割以上といえるでしょう。

それゆえに、生活民に求められる「編集」行動への対応力とは、次のようなものになります。

①「私仕様」や「参加」と比べて、適切な便益を求めるためには、多少の費用増加もまた負担することが求められます。

②「選択」の本質は、ユーザー自身の嗜好性や目標性という「コト」次元の能力ですから、日ごろから錬磨しておくことが必要です。

③「組み合わせ力」や「加工力」といった「モノ」次元での介入能力もかなり求められますから、これまた日ごろから高めておことが必要です。

要するに、生活民の「編集」対応力とは、高度な市場社会を前提にしつつ、そこからの供給物を徹底的に利用して、より高度な自己の願望を実現するために、コトとモノを調整していく能力ということになるでしょう。


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2017年1月21日土曜日

「参加」・・・生活民はこのように付き合え!

「参加」戦略とは、7~8割程度の素材を供給側が提供し、残りの2~3割をユーザーの参加によって、完成品へと至る手法です。

事例としては、組み替えスーツ、自由設計プレハブ住宅、手作りキット家具、自作用ログハウスなどがあげられます。



こうしたサプライヤー・サイド・マーケティングに対して、需要者である生活民はどのように対応していけばいいのでしょうか。

「参加」の方法を大別すると、ユーザーがさまざまな情報を付け加える「コト参加」と、ユーザーが直接手を加える「モノ参加」の、2つがあります。

コト参加では、機能や性能(差別化)、色彩や形態(差別化)などの選択、加工や組み合わせなどの依頼といった、情報(コト)提供が中心となります。

その意味では、「私仕様」で取り上げた「パターンオーダー」や「イージーオーダー」なども、「参加」の簡易型といえるでしょう。

また2着のスーツでジャケットとパンツを組み替えて4通りの着こなしが可能になる「組み換えスーツ」も、ユーザーの参加性を実現するものです。

外観や内部の設計に意見や要望を要求できる「自由設計プレハブ住宅」も、参加性の高い商品といえます。

一方、モノ参加では、予め加工を予定した部材にユーザーが自ら手を加えるもので、さまざまな加工(モノ)提供が求められます。

手作りキット家具」は、予めカットされた木材、ネジやパーツがセットされたキットを購入して、それぞれを組み合わせつつ、ユーザーは自らの意向に沿った家具を仕上げていきます。

これがさらに大規模化したものが「自作用ログハウス」です。すべてプレカットした部材をフルキットで購入し、大型の機械や専門的な工具を使わなくても、マニュアルに合わせて組み立てるだけで、ユーザーの自由設計を組み込んだログキットハウスを完成させることができます。

以上のように、「参加」次元では、コト参加だけの「私仕様」を一歩進めて、コトとモノへの両方の介入が可能です。

とすれば、生活民に求められる「参加」性への対応力とは、次のようなものになるでしょう。

① まずは「私仕様」と同様、費用対便益(コスト・ベネフィット分析)のバランス視点が求められます。

② それ以上に求められるのは、ユーザー自身の創造性や加工能力といった自給・自立能力です。具体的にいえば、目的に応じてキットを選ぶ選択力、適切に組み合わせられる加工力、自らの意向を反映させられる仕上げ力などです。

③ 究極の目標となるのは、サプライヤーからの提供物を巧みに振り分けつつも、自らの生活願望をどこまでも達成していく、コト次元とモノ次元の調整能力です。

以上のように、差延化が「私仕様」から「参加」へと進むにつれて、生活民に求められる能力では、自給・自立能力の比重が次第に高まってきます

2017年1月9日月曜日

「私仕様」・・・生活民はいかに付き合うか?:

私仕様」戦略とは、先に述べたように、供給側がユーザー独自の注文に応える手法であり、事例としてはオーダースーツ、オーダー家具、自由設計住宅、結婚式オーダーパーティーなどがあげられます。

欧米ではカスタムメイドカスタマーゼーションなどとよばれていますが、こうした供給側からの手法に対して、需要者である生活民はどのように対応していけばいいのでしょうか。

代表的な事例としてスーツを取り上げてみましょう。

スーツでは、非オーダー品のレディメイド(既製服)に対して、オーダー品のカスタムメイド(注文服)があり、服地・カラー・サイズ・採寸・縫製などのレベルで、以下に示すような概ね3つの方式があります。





ユーザーの立場からいえば、

  • パターンオーダー:メーカーの差し出す既成服の中から、ユーザーが一つを選んで、調整する方式で、比較的廉価。
  • イージーオーダー:メーカーの差し出す、幾つかの選択肢の中からユーザーが一つ一つを選ぶ方式で、標準的な価格帯。
  • フルオーダー:すべての選択肢に対して、ユーザーが個別に決定する方式で、かなり高価。


パターン、イージー、フルの順で、ユーザーの選択範囲が強まり私」に応じた「仕様」が作られていきますが、その一方でサプライヤーに支払う費用が上昇していきます。

  
逆にいえば、「私効」を弱めて「個効」や「共効」を受け入れるほど、獲得コストが下がっていくということです
 
とすれば、生活民に求められる要素とは、次のようなものになるでしょう。
  
① 選択という思考、つまり「コト」次元の決定であり、直接的に「モノ」に介入するわけではないから、選択眼、つまり選択基準となる意志決定力の錬磨が求められる。
 
② パターンオーダーでは「共効」の「個効」化や「私効」化、イージーオーダーでは「個効」の「私効」化、またフルオーダーでは「私効」の集中化など、それぞれの選択におけるネウチの最適化が求められる。
  
③ パターン、イージー、フルの順に費用が上昇していくから、選択にあたっては、常に費用対便益(コスト・ベネフィット分析)のバランス視点が求められる。
  
以上のように、「私仕様」次元において、生活民に求められる対応力とは、サプライヤーの提供物を巧みに振り分けつつも、自らの生活願望をどこまでも達成していく、コト次元の能力といえるでしょう。