2015年6月28日日曜日

事業構想大学院大学で講演しました。

6月24日、東京青山の事業構想大学院大学で、創造的思考法講座の一つとして、「人間は何を求めているのか:生活学マーケティングという視点」を講演しました。













私のブログの一つ「生活学マーケティング」で、これまで展開してきた議論とこれからの方向を、2時間ほどにまとめたものです。

同大学院生20名の方々から、熱心なご質問やご意見をいただきました。ありがとうございました。

主な内容は、現代社会研究所サイト(
http://homepage1.nifty.com/gsk/insist15.htm#ningen)に載せてあります。ご関心があれば、お立ち寄りください。

2015年6月24日水曜日

7つの生活願望をつかむ、7つのマーケティング戦略

7つの生活願望に対応する、7つのマーケティング戦略を考察してみると、図のようになります。


生活球の中心に位置する「日欲」(欲求・実欲・常欲)に対しては「差別化」戦略が有効です。

生活球の周辺に位置する、6つの生活願望(欲望・欲動・世欲・私欲・真欲・虚欲)に対しては、「差異化」「差元化」「差汎化」「差延化」「差真化」「差戯化」の、6つの戦略が求められます。

それぞれの対応を整理してみると、次の表になります。
 

差別化差異化という言葉は従来から使われています。だが、差元化、差汎化、差延化、差真化、差戯化の、5つの戦略については、見たことも聞いたこともないとおっしゃる読者が多いと思います。

当然のことで、これらは全て、従来のマーケティング戦略を見直すために、筆者が新たに提案するものです。

違和感を抱かれる方も多い思いますので、なぜこのような名前をつけたのか、このブログでは順番に説明していきましょう。

2015年6月17日水曜日

「生活願望論」から「マーケティング戦略論」へ

これまでは生活学の立場から、生活体や生活球、さらにはそれらに基づく、7つの生活願望について述べてきました。こうした発想を商品開発やマーケティングに応用する、どのような展開が可能になるのでしょうか。

マーケティングの基本的な使命については、さまざまな意見がありますが、最も基本的な立場は、供給者が需要者、つまりユーザーの抱いた生活願望を的確に把握したうえで、それを満足させるような、さまざまな対応策を可能な限り展開していくことだと思います。


このブログでは、消費者を超える「生活者」の存在を論証してきましたから、言い換えれば、「生活者の生活願望の的確な把握とそこに向けての十分な対応」ということになるでしょう。

となると、生活財のマーケティングでは、これまで述べてきた生活構造やそこから生まれる生活願望への接近こそが、最も基本的な手順となってくるはずです。


先にあげた、7つの生活願望が、私たちの基本的な生活構造から生まれるものである以上、生活財に関わる企業が、もしも生活者の真に求める商品やサービスを創ろうとするならば、まずはこれらの願望を的確につかむところからはじめなければならないからです。

以下では、こうした視点に立って、具体的な方法論、経営学などでいう、いわゆるマーケティング戦略論について考えてきたいと思います。

2015年6月5日金曜日

コトラー先生、大丈夫でしょうか?

A.マズローの欲求段階説には、さまざまな問題点のあることを指摘してきました。とりわけ、「欲求(needs)」の最終的な段階として「自己実現」を掲げるのは、あまりにも一元的な論理展開であり、かなり無理があると述べてきました。

それにも関わらず、大変驚くことが起こりました。「マーケティングの神様」といわれる、かの有名なP.コトラー先生が、マーケティングの次の目標として「自己実現(
Self-actualization)」を掲げられたのです。
 
 
昨年9月に東京で開催された「WORLD MARKETING SUMMIT JAPAN 2014」において、コトラー先生は、マーケティングの次の段階、つまり「マーケティング4.0」では「自己実現」がキーワードになる、と主張されました。

コトラー先生はこれまで、マーケティングの進化過程を、次のような3段階で説明してこられましたが、今回は4番目の段階として「自己実現」が目標になると述べられたのです。
 

果たして、この「自己実現」がA.マズロー先生のいわれる「自己実現」と同じ概念なのかどうか、詳細はわかりません。

しかし、進歩史観や発展段階説が前提になっているのをみると、おそらく似たりよったりの概念といえるのではないでしょうか。

もしそうだとすれば、コトラー先生もまた、マズロー先生の誤謬を追いかけることになりそうです。「自己実現」という、かなりエゴイスティックな目標を重視すれば、バランスある生活願望を軽視することになっていきます。

もっとも、このことに気づかれたのか、最晩年のマズロー先生は、「自己実現」のさらに次の段階として「自己超越(Self-transcendence) を提起されています。つまり、自己実現が満たされた後は、自己などという小さな枠組みを超えて、ついには「無我」の境地に至るということでしょう。ここまでくると、仏教の「解脱」や東洋哲学の「虚無」に向かうことになりそうです。

さあ、コトラー先生はどうされるのでしょうか? 「自己実現」の次が「自己超越」となれば、「マーケティング5.0」は、例えば「解脱」や「虚無」が目標になるのかもしれません。そうなった暁には、マーケティングなどという方法論もまた、虚空の果てに飛び散っていくことになるでしょう。