2021年10月24日日曜日

生活世界構造で精神状態を読む!

私たちの人類の存在基盤である「言語使用」の実態を明らかにするため、生活世界構造論を展開してきました。

この構造の中に、新たに精神状態・行動を組み入れて、全体の用語の関係をもう一度整理しておきましょう。

世界の名称

カタカナ表記・・・【ソト界―モノ界―モノコト界―コト界】は、生活世界構造論を創始された、日本の先達の用語(身分け・言分け構造)を継承して、敢えて日本語のカタカナで表わしました。

漢字表記・・・【物質界―認知界―識知界―理知界】は、カタカナ表記の意味するものを、一般的な思想用語で表現するため、漢字で表わしました。

このうち、認知―識知―理知は、人間の言語使用のさまざまな段階を表しています。

欧文表記・・・【physicsphysisGegonóscosmos】は、日本語の意味するものを一般化するため、ギリシア語の英文表記を使いました。

 精神状態・行動

漢字表記・・・【無感覚―無意識―意識―知識】は、生活世界名のカタカナ・漢字表記に対応すると推定される、人間の精神状態を一般的な思想用語で表わすため、漢字で表わしました。

このうち、無感覚は他の3つの感覚状態と対比するもの、無意識意識と対比するもの、知識は意識の中の一部となるものを、それぞれ意味しています。

ひらかな表記・・・【おぼえず―おぼえる―しる―はなす・おもふ】は、漢字表記の意味するものを、生活世界名のカタカナ表記に対応させるため、ひらかなで表わしました。

おぼえず―おぼえる】の【おぼ】は「憶える=記憶する」ではなく、「感覚」の「」を意味しています。

しる】は、「知る」ではなく「る」を意味しています。

はなす・おもふ】は、知識状態において行なわれる精神行動であり、会話と思考をそれぞれ意味しています。

以上のように、私たちの生きている生活世界を整理すると、それぞれの世界から湧き上がってくる、さまざまな生活願望の実態が如実に見えてきます。次回にご期待ください。

2021年10月19日火曜日

生活構造図を「生活世界構造図」に修正する!

前回、生活世界の基本構造を4つの世界で説明してきました。

しかし、研究者諸賢や読者の皆様からさまざまなご批判やご意見をいただきましたので、一部を下図のように修正したいと思います(今後、再考によって再修正も考えられます)。

第1「生活構造論」の名称変更です。

この言葉を、当ブログでは、哲学系先達の用法を継承して使ってきましたが、経済学生活学などでは、「個人や家族の営む生活行動に観察される構造」など、主としてミクロ経済的・家計分析的な意味として使用されており、現象学的な「生活世界」にまでは及んでいません。

そこで、当ブログの趣旨を明確にするため、E.フッサールの「生活世界」論やA.シュッツの現象学的社会学に因んで、新たに「生活世界構造論」と名称を変更し、図解についても、「生活世界構造図」と名づけることにします。

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2は名称変更に伴う構造内の用語の変更と明確化です。

前回の文章の内、下線をつけた赤い文字を、新たな言葉に置き換えました。

生活世界の基本構造・・・私たちが日頃どっぷり浸かっている生活世界は、「ソト界(物質界)」「モノ界(認知界)」「モノコト界(識知界)」「コト界(理知界)」の4つから成り立っています。

ソト界(物質界:physics)・・・私たち人間や動物などを取り巻く、ありのままの環境世界。

モノ界(認知界:physis)・・・私たち人間が自らの「身分け」能力によって、周りの環境世界の中から把握した世界。「身分け」されたものは、まずは「無意識」として佇み、されなかったものは「無感覚」として物界に沈んでいく。

モノコト界(識知界:gegonós)・・・私たち人間が自らの「識分け(しわけ)」能力によって、モノ界の中から認知できた世界。「識分け」されたものは「意識」の対象となり、されなかったものは「無意識」のままモノ界に沈んでいく。

コト界(理知界:cosmos)・・・私たち人間が自らの「言分け」能力によって、モノ界の中から把握した世界。「言分け」されたものは「知識」となり、されなかったものは「意識」のままモノコト界を漂うことになる。

以上のような修正を行った理由を述べます。

4つの世界の名称のうち、3つはコト界、モノコト界、モノ界と大和言葉で表現していますので、物界も外界、つまり「ソト界」に修正します。

4つの世界の別称を、物質界、感覚界、認知界、識知界としてきましたが、感覚界は「身分け(=認知)」によって生まれる世界ですから「認知界」に、また認知界は「識分け(=識知)」によって生まれる世界ですから「識知界」に、それぞれ変更します。

③従来のモノコト界=認知界を今回は「識知界」に変えましたので、今回のコト界は新たに「理知界」と名づけることにします。この世界は「言分け」によって生まれる世界ですから、「理(ことわり)」による「知」という意味で、このような言葉を使いました。

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3はコト界、モノコト界、モノ界、ソト界の精神状態の明確化です。

身分け識分け言分けが進むにつれて、私たちの精神状態また次第に変わっていきます。

その変化を無感覚無意識意識知識と明確化しました。

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以上のような修正によって、生活世界構造論は今後、より多面的な議論を引き起こす可能性を孕んだ、と考えています

2021年10月11日月曜日

言語3階層説の基盤を考える!

生活構造論において、「身分け」「言分け」の間には、もう一つ「音分け」次元があるのではないか、という発想で、言語3段階説を考えてきました。

もともと生活世界の構造を哲学的な視点から再構成する「生活構造論」は、欧米の思想を参考にしながらも、日本の思想家の先達が独自に構築されたものです。

自然のままの環境世界から、人間の感覚が直に把握する「身分け」世界を最初に提唱されたのは哲学者の市川浩先生であり、それを前提にして、人間の言語能力が新たに創り出す「言分け」世界を提示されたのは、言語学者の丸山圭三郎先生でした。

このため、日本の思想界では永らく、「身分け・言分け」構造が、生活世界論の定説となってきました。

しかし、このブログで検証してきたように、欧米思想家のさまざまな言語観を振り返ってみると、「身分け」と「言分け」の間に、もう一つ、新たな次元を導入することが絶対に必要ではないか、と思えるようになりました。

そこで、とりあえずオノマトペ(擬声音)をベースとする「音分け」次元を提唱したのですが、言語3階層説の検証過程で、言語の存在次元を突き詰めていくうちに、「識分け(しわけ)」よぶべき次元に変更した方がよいのでは、と思いついたのです。

「音」の息づかいはもとより、「色」への反応、「味」や「臭」の違和感、「蝕」の有無といった「意識」次元をひとまとめにして、新たな分節次元にすべきだ、と考えたのです。

いいかえれば、感覚把握と言語把握の間に、もう一つ「意識」把握の次元がある、ということです。

感覚が把握したものであっても、意識が把握していない限り、言語の把握には至りません。意識が把握しないものは、無意識となって、身分け次元の空間に沈殿していきます。

それゆえ、仏教の唯識論井筒俊彦先生の言語アラヤ識論にも因んで、「識」次元を組み入れたのです。

「識る」は大和言葉で「シル」と発音しますから、「識分け」は「シワケ」とよぶことになります。

仕分け」と同じ発音ですが、この言葉もまた「区分して分ける」ことを意味していますから、もともとは「識分け」と同義語だった、ともいえるかもしれません。

そこで、以上のような視点から、当ブログで展開してきた生活構造論をもう一度見直し、下図のように改良したいと思います。


この図に基づいて、幾つかの論点を解説していきます。

最初は生活世界の基本構造・・・私たちが日頃どっぷり浸かっている生活世界は、「物界(物質界)」「モノ界(感覚界)」「モノコト界(認知界)」「コト界(識知界)」の4つから成り立っています。

物界(物質界:physics・・・私たち人間や動物などを取り巻く、ありのままの環境世界。

モノ界(感覚界:physis・・・私たち人間が自らの「身分け」能力によって、周りの環境世界の中から把握した世界。「身分け」されたものは、まずは「無意識」として佇み、されなかったものは「無感覚」として物界に沈んでいく。

モノコト界(認知界:gegonós・・・私たち人間が自らの「識分け(しわけ)」能力によって、モノ界の中から認知できた世界。「識分け」されたものは「意識」の対象となり、されなかったものは「無意識」のままモノ界に沈んでいく。

コト界(識知界:cosmos・・・私たち人間が自らの「言分け」能力によって、モノ界の中から把握した世界。「言分け」されたものは「知識」となり、されなかったものは「意識」のままモノコト界を漂うことになる。

4つの世界が生まれるのは、人間の基本的な能力である「身分け」「識分け」「言分け」の成果と思われます。

この構造をベースとして、言語の3階層の持つ、それぞれの特性を考えていきます。

2021年9月29日水曜日

言語活動の階層を探る!

言語3階層説の視点から、古今東西の思想家の言説を検証してきました。

その延長線上で、私たちの生活の中で、実際に行われている言語活動では、いかなる階層の言葉が使われているのか、を考えてみたいと思います。

私たちは毎日の暮らしの中で、さまざまな階層の言葉を使いこなしています。

大きく分けてみると、❶頭の中で思考するための言語❷他人と交信するための言語❸心の中の情念を味わうための言語、の3つに大別できるでしょう。

それぞれにおいて使われている言語では、3つの階層、つまり深層・象徴言語日常・交信言語思考・観念言語のいずれかに重点が置かれています。

どのように比重が異なるのか、おおまかな言語活動別に眺めていきましょう。

頭の中で思考するための言語

数学的思考・・・身分けが捉えた環境世界を、数値や数学記号言分けしたうえ、その関係を独自のシンタックス(統辞法)で把握するものですから、思考・観念言語の典型といえるでしょう。

統計学的思考・・・数学的思考と同様、思考・観念言語が主導していますが、表現の対象が現実世界に向けられていますから、思考・観念言語と日常・交信言語の両方に広がっています。

物理・化学的思考・・・上記2つの思考と同様、思考・観念言語が多用されていますが、応用の対象が現実世界に向けられている点で、思考・観念言語と日常・交信言語の交流が一層強まっています。

囲碁・将棋・ゲーム・・・身分けが捉えた環境世界を、独自の記号とシンタックス(統辞法)によって、大まかに単純化したうえで、勝敗を争うものですから、思考・観念言語の典型といえるでしょう。

他人と交信するための言語

日常会話・・・身分けが捉えた環境世界を、特定の共同体による言分け(例:日本語、英語)によって、独自の言葉とシンタックス(文法)で把握し、会話による情報交換や意思疎通などを実現していますので、日常・交信言語を多用しつつ、時には思考・観念言語や深層・象徴言語もまた使われています。

文通・交信・・・日常会話と同様、共同体による言分けによる文字記号とシンタックス(文法)を使用することで、通信や交信による情報交換や意思疎通などを実現していますから、日常・交信言語を中心に思考・観念言語や深層・象徴言語もまた使われています。

報道・広告・・・文通・交信が一層深化したもので、多数の対象者に向けて、日常・交信言語を基礎にしつつ、意図的に思考・観念言語や深層・象徴言語を使用しています。

社会科学的思考・・・共同体による言分けに基づいて、文字記号とシンタックス(文法)を使用し、日常界に向けて知識や情報などを提供していますから、日常・交信言語が中心としつつ、思考・観念言語や深層・象徴言語も使っています。

心の中の情念を味わうための言語

小説・・・発信者の情念や構想を、共同体の持っている言葉とシンタックス(文法)によって表現し、発信者と受信者の間に共有感情を喚起するものであり、日常・交信言語と深層・象徴言語を多用しつつ、時には思考・観念言語も使われています。

詩歌・・・発信者の情念や感情を、共同体の共有する文字記号とシンタックス(文法)を使用して表現し、時にはそれらを超える表現さえ目ざしています。その意味では、深層・象徴言語を多用しつつ、その変型として日常・交信言語や思考・観念言語も使われています。

神話・童話・・・共同体が作り出した文字記号とシンタックス(文法)を使用しつつ、表現の対象としては言分け以前の身分け状況へ向かうことが多く、その意味では深層・象徴言語を基礎にしつつ、日常・交信言語で補っている、とも言えるでしょう。

宗教・・・読経や讃美歌などで使われる言葉は、伝達記号という次元を超えて、モノコト界(認知界:gegonósの感情や欲動を表すものであり、その意味では深層・象徴言語を中心に、日常・交信言語から思考・観念言語にまで及んでいると言えるでしょう。

以上で見てきたように、私たちの使っている言語もまた、使用するシーンによって、3つの階層に分かれてくると思われます。

2021年9月20日月曜日

言語3階層説を整理する!:その2

言語3階層説の視点から、古今東西の思想家の言説を生年順に整理しています。

前回の7人に続いて、今回は残りの7です。

K.W.フンボルトKarl Wilhelm von Humboldt1767~1835年)

言語は造り出された死者ではなく、むしろ、造り出す働きとしてみなすべきであるとし、事物の関連や意志疎通の手段として作用している事柄はむしろ度外視し、内的な精神活動との密接な関係、ある言語の起源とその相互の影響とに立ち帰って考えるべきである、と述べています。

日常・交信言語よりも、思考・観念言語深層・象徴言語を重視すべきだ、というのです。

G.W.F.ヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegel, 17701831年)

人間の言葉とは、「自然の叫び声」に基盤を置きつつも、独自の構想力によって自然性や身体性を乗り越え、周りに広がる世界から自己を区分けし対象化することで、「精神」の根源となるものだ、と主張しています。

言語3階層論に当てはめれば、深層・象徴言語はもとより、日常・交信言語思考・観念言語にまで広く及んでいる、といえるでしょう。

.ソシュールFerdinand de Saussure18591913年)

人間の言語行動には、ランガージュ、ラング、パロールの、3つの側面があると言っています。ランガージュ、ラング、パロールの関係によって、思考・観念言語日常・交信言語については認めていますが、言語の生まれる前の未言語次元、つまり深層・象徴言語については、その存在をほとんど否定しています。

E.G.A.フッサールEdmund Gustav Albrecht Husserl18591938年)

言語の持つ機能性や社会性についてはさまざまな論点を展開していますが、言語の本質や起源については、ほとんど触れていません。

言語3階層論に当てはめれば、思考・観念言語日常・交信言語に限られており、深層・象徴言語の次元にはほとんど触れていません。

S.フロイトSigmund Freud18561939年)

「言葉の起源は性愛のための呼びかけであり、そこから労働などへ広がっていった」との説は正鵠を得ているから、精神分析上の夢の解読にもそのまま応用できるとし、その所論である無意識と夢の関係の中に、言葉の起源や発展過程を求めています。

言語3階層説に当てはめれば、象徴・深層言語に基底に置きつつ、日常・交信言語や思考・観念言語を思考している、といえるでしょう。

C.G.ユングCarl Gustav Jung1875~1961年)

フロイトの所論をさらに徹底し、「言語による環境把握」の前に、「心理的イメージによる環境把握」、つまり「言語以前のイメージ」をより重視しています。

言語3階層説に敢えて当てはめれば、象徴・深層言語の胎芽ともいうべき次元の重視といえるでしょう。

井筒俊彦19141993年)

コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係は、ソシュールのいうような「恣意的」なものではなく、私たちの意識の深層(阿頼耶識)にある、なんらかの種(種子)の影響(言語アラヤ識)によって、両者が結びつくのだ、と主張します。

言語3階層説でいえば、言語アラヤ識とは象徴・深層言語ということになるでしょう。

以上のように、19世紀以降にも、言語について、さまざまな見解が示されていますが、3階層のいずれかに重点を置いた思考が多くなっているように思います。

このため、下記の表でも、中心論点がおかれた階層については大きな〇で、副次論点の場合は小さな〇で表示しています。

筆者の取り上げた思想家が偏っているせいかもしれませんが、時代が下るほど、深層・象徴言語への関心が高まっているように思います。

2021年9月10日金曜日

言語3階層説を整理する!

言語には使われるケースに応じて、幾つかの次元、つまり階層があります。

いかなる階層を認めるべきなのか、古今東西の思想家の言説を、さまざまな角度から検証してきました。

一段落しましたので、言語3階層説の視点から、生年順序により整理しておきます。


アリストテレスAristotelesBC384BC322年)

「発声されて言葉となっているもの(発話)」も「字にされて書き綴られるもの(文字)」も、ともに「しきたり」に従って使用されているものだと述べ、日常・交信言語の次元についてのみ、詳しい論述を展開しています。

.アウグスティヌスAurelius Augustinus354~ 430年)

外向き会話(自然言語の音声を伴った言葉を使う会話次元)、内向き会話(自然言語には属していない思考や情動の脳内次元)、思考向き会話(声に出さず外向き言葉の音声に似た言葉であれこれと考える思索次元)の3階層を明確に分けています。

外向き会話は日常・交信言語、思考向き会話は思考・観念言語、内向き会話は深層・象徴言語に相当します。

.デカルトRené Descartes15961650年)

普遍言語の実現を望みつつも、その前提にはまず「普遍観念」の構築が必要だ、と考えていたようです。思考・観念言語への希求ともいえるでしょう。

..ライブニッツGottfried Wilhelm Leibniz16461716年)

人間は自然言語を無意識的に想起できると考え、認識可能な世界は全て自然言語によって表現できるとし、認識された世界は、人間精神の「進歩」、つまりは「歴史」とともに広がっていく、と考えました。まさしく思考・観念言語論の典型といえるでしょう。

..ルソーJean-Jacques Rousseau1712~1778年)

言葉は欲求を表現するために発明されたのではなく、感情を表現すること、つまり「情念」こそがパロルール(音声言語)の生まれる動機だったとし、エクリチュール(文字言語)もまた、情念から自然に発声される詩や歌を文字で表そうとする試みがその根源である、と述べています。これは深層・象徴言語が言語の発生源だ、という主張です。

I.カント(Immanuel Kant:1724~1804年)

人間の認識能力には、五感から入ってきた情報を時間と空間という形式によってまとめあげる「感性」、概念に従って整理する「知性」、知性に基づいて考える「理性」があるとし、それらによって統一像がもたらされる、と主張しています。

感性、知性、理性を区分することで、深層・象徴言語と思考・観念言語については細かく位置づけていますが、両者の間にある日常・交信言語については、ほとんど触れていません。

...ヘルダーJohann Gottfried von Herder1744~1803年)

言葉とは動物の叫び声の延長線上で人間に備わっているものではなく、あくまでも人間の学習によって得られるものだ、と主張しています。

感覚的知覚の捉えたさまざまな対象に、一つ一つ目印として言葉を当て,他の対象と明確に区別して、全体的に世界を捉えようとする行動、それこそが人間の言語の起源である、というのです。これは日常・交信言語の重視を意味しているのでしょう。

とりあえず、7人の思想家の言語に関する言説を紹介しましたが、言語の3階層を明快に述べているのはローマ帝国時代の.アウグスティヌスだけであり、近代になると、3つの階層を別々に論じたり、その中の一つを重視するという傾向が強まっています。

このあたりに近代言語論の限界があるのではないでしょうか。・・・次回に続く。

2021年8月30日月曜日

ユングの元型は言葉で把握されている!

前回、ユングの唱える「元型」は、井筒の主張する「種子よって初めて成立するのではないか、と述べてきました。

深層・象徴言語の次元の本質に関わる事項だと思いますので、ユングの提起する、幾つかの「元型」が、どれほど「種子(言語アラヤ識)」に触発されたものであるのか、を確認しておきたいと思います。

まず「元型」の定義にについて・・・

元型という言葉は、すでにユダヤのピロンにおいて、人間の内なる《神の像》との関連で使われている。(中略)アウグスティヌスにおいては《元型》という言葉こそ使われていないが、その代わり同じ観念があって、『さまざまな問いについて』では次のように述べられている。《イデアは……自ら形成されるのではなく……〔はじめから〕神の知の中に含まれている》。『元型』はプラトン《エイドス》を説明的に言いかえたものである。この名称はわれわれの目的にとって適切かつ有益である。なぜならこの言葉は、集合的無意識には太古的――もっとうまく言えば――原古的な型がある、すなわち太古から存在している普遍的なイメージがある、ということを意味している。
――C.G. ユング 『元型論』林道義訳:1999

そのうえで、「元型」への意味付与、つまりネーミングについて、次のように説明しています。

意味付与は一定の言語の型を使ってなされるが、この型はさらに原始心像から生まれる。意味がどこから来るのかという質問をどこで発しても、われわれは必ず言語やモチーフの歴史へ入りこんで行き、その歴史はつねにまっすぐに未開人の不思議の世界へと通じている。――同上

そこで、代表的な「元型」の、言語の型、つまり「種子」的な解説を、ユングの言説から見ていきます。


●アニマ(
Anima

水の精はわれわれがアニマと呼ぶ妖しい女性的な存在の、より本能的な前段階である。この前段階にするものには、セイレーンたち、海の精たち、森の精たち、フルディンたち、魔王の娘たち、ラミアーたち、夢魔たちがあり、これらは若者を惑わし、その生命を吸いとってしまう。(中略)この種のものはすでにずっと昔からあったのではないのか。それも人間が意識の薄明の中で完全に自然と一体になっていた時代にすら存在していたのではなかったか。森や野原や小川の精たちははじめから、道徳的良心からの問いが発せられるずっと以前から、いたのである。――同上

●アニムス(Animus

アニムスはしばしば画家として現われるか、あるいは映写機をもっている。つまり映写技師であるか、あるいは画廊の持ち主であるが、このことはアニムスが意識と無意識のあいだを媒介する機能をもつことと関係している。すなわち無意識のもつさまざまなイメージはアニムスによって伝達される、つまり空想のイメージの形をとるか、それとも無意識のうちに行為したり生きたりすることによって、目に見える形になるのである。アニムスの投影から。「英雄」または「魔神」に対する愛または憎しみの空想上の関係が生ずる。特別の犠牲者はテノール歌手、芸術家、映画スター、スポーツの大選手などである。――同上

●グレート・マザー(Great mother)

母元型の特性は「母性」である。すなわち、まさに女性的なものの不思議な権威、理性とは違う智恵と精神的高さ、慈悲深いもの、保護するもの、支えるもの、成長と豊饒と食物を与えるもの。不思議な変容や再生の場。助けてくれる本能または衝動。秘密の、隠されたもの、暗闇、深淵、死者の世界。呑みこみ、誘惑し、毒を盛るもの、恐れをかきたて、逃れられないもの。――同上

●老賢者(Wise old man)

老賢者の姿は夢の中ばかりでなく、瞑想(あるいは「能動的想像」)の幻像の中にも.きわめて具体的な姿をとって現れ、グル〔=ヒンズー教の導師〕の役を引き受ける――インドではときとして実際にも起こることらしいが――ほどである。「老賢者」は夢の中では。魔法使い、医者、牧師、教師、祖父あるいは権威を持った誰かとして現れる。――同上

●童子(Kinder)

「童児神」の元型はいたるところに分布しており、神話に現れる他のあらゆる性質の童子モチーフと分かちがたく混じり合っている。〔その例として〕今なお生きている「幼な子イエス」の話を持ち出すまでもないであろう。すなわち聖クリストフアの伝説において、「小より小さく、大より大きい」という例の典型的な性質を示したあの「幼な子イエス」である。民間伝説では童子モチーフは隠れた自然力の化身としての小人や妖精の姿をとって現れる。――同上

●魔術師(Wizard

魔術師は老賢者と同じ意味をもち、これは未開社会の呪術師の姿にまっすぐつながっている。彼はアニマと同様に不死のデーモンであり、これはただ生きているだけという混沌とした暗闇を意味の光で照らし出す。彼は照らす者、教師にして師匠、魂たちの導き手である。――同上

●トリックスター(Trickster)

笑い話、カーニバルの馬鹿騒ぎ、救いや魔法の儀式、宗教的な恐れや開悟の中に.このトリックスターの幻はあらゆる時と場所の神話と同じような.ときには紛れもない、ときには定かならぬ姿で、立ち現われる。これは明らかに「心理素」、すなわち最も古い種類の元型的な心理構造である。その最も明瞭な特徴は、いかなる点から見ても未分化な人間意識を忠実に反映している。この意識は動物の水準をほとんど超えていない心のあり方に対応している。――同上

以上のように、ユングの「元型」は、すべて言語によって説明されています。

とすれば、「元型」と「言語」の関係は、次のように位置づけられるでしょう。

①下意識に浮かんだ、さまざまなイメージは、人間の脳裏に蓄積された言葉の「種子」、つまり言語アラヤ識によって“意味づけられ、いくつかのグループに仕分けられる。このグループの名称が、ユングのいう「元型」のネーミングである。

②「身分け」によって得られる、環境世界のさまざまなイメージと同様に、夢や幻想の中に現れるイメージもまた、「言分け」によって、初めて人間の中に意味づけられる

③人間の環境認識は、感覚器官の捉えたイメージやサウンドなどを基盤にしつつ、遺伝的に蓄積された仕分け能力、つまり「言語アラヤ識」の働きによって、初めて成立している。

このように考えてくると、言語3階層における「深層・象徴言語」の意味が、いっそう深く捉えられると思います。