2022年7月31日日曜日

科学用語の限界を考える!

言語3階層説を総括しています。

3つの言語階層のうち、思想・観念言語の構造について、もう一言付言します。

近年、世界のあちこちで、新型コロナやサル痘などパンデミックの拡大に伴い、医学や衛生学などの対応力について、その限界性や信憑性など、さまざまな意見が広がっています。

この背景には、現代社会をリードしている「科学」という「理知」の限界があるようです。その実態を言語論識知論の立場から考えてみましょう。

 

医学や衛生学で使われている医療用語実験用語などの思考・観念言語もまた、「科学」という「理知」に基づいて成立しています。

思考・観念言語は専門家集団という“理”縁共同体で使われていますが、その基盤には当然、日常の世界で使われている日常・交信言語が潜んでいます。

日常・交信言語は、地縁共同体の中で自然発生的、いわば慣習的に発生し、広く共有化されているものです。

例えば、日本国という共同体では日本語英国という共同体では英語アラブ諸国という共同体ではアラビア語というように、それぞれの地域社会が基盤になっており、地縁共通語とでもよぶべきものになっています。

こうした地縁共通語を基礎にしつつ、思考・観念言語は、特定の“理”縁共同体の中で意図的に作成されたうえ、さまざまな地縁共通語間での翻訳を経て、特定のシニフィエ(意味)を与えられ、地縁を超えた“理”縁共通語になっています。

具体的に言えば、哲学、倫理学、心理学などから、数学、物理学、天文学、生物学、医学などにおいて、さまざまな地縁共通語を基に観念化された思考・観念言語は、幾つかの翻訳によって、各国の“理”縁共通語に置き換られ、それぞれの“理”縁共同体の内部においてのみ通用する思考・観念言語に変化していきます。それはまさに学問別の分散的な状態ともいえるものです。

とはいえ、現代社会においては、“科学”用語という思考・観念言語が、さまざまな“理”縁共同体において、最も強力な共通基を形成しています。

もともと思考・観念言語とは、「網分け」によって創り出された抽象的な言葉や記号群です。それが故に、前回も述べたように一定の限界があります(システム(体系)でなくストラクチャー(構造)で捉える!】や【思考・観念言語の利点と限界を考える!】を参照)。

この視点は、「科学的」といわれる医学や衛生学についても同様ですから、研究や実験を重ねて網目を次々に細かくし、ソト界やコト界の現象に限りなく接近していく、ということはできると思います。

しかし、そこから漏れ出した現象については、必ずしも的確に把握できるとはいえません。網目の形や大きさなどによって、把握できない現象は幾らでもあるからです。

人類の持っている外部環境把握の能力が、このブログや【JINGEN(人減)ブログ】で述べてきたように、身分け・識分け・言分け・網分けというプロセスを踏んで発達してきた以上、「科学」という「理知」もまた、その一段階と考えるべきではないでしょうか。

とすれば、現代の「科学」の次に来ると思われる、新たな理知は何でしょうか。人類の環境認識の歴史DynamismAnimismMythologyReligionScienceという時代識知の流れから考察すれば、次の方向を読み取ることも必ずしも不可能ではないと思います。

現在の「科学」を超える、次世代の理知はどのようなものなるのか、超長期の人口波動説から、考えていきます。

2022年7月20日水曜日

「ことしり」から「ことわり」へ!

言語3階層説を総括しています。

3つの言語階層のうち、日常・交信言語と思想・観念言語の関係について、もう一言付言します。 

日常・交信言語は、前回述べたように、「身分け」が知し、「識分け」が知した対象を、「言分け」の知によって言語にしたものです。

一方、思考・観念言語は、「身分け」が知し、「識分け」が知し、「言分け」が知で言語にした対象を、さらに観念によって特定化した言葉です。

両方とも、「身分け」が認知し、「識分け」が識知し、「言分け」が理知した言葉ですが、後者はさらに観念によって特定化された言葉です。

 「観念による特定化」という表現で、2つの階層を分けてきましたが、より正確に表現すれば、以下のようになります。 

「言分け」による言語化には、「言知」による日常・交信言語化と、「理知」による思考・観念言語化の、2段階があります。

言知」とは大和言葉の「ことしり」であり、「識知」が捉えた対象を音声や記号などで表わすことです。

一方、「理知」は大和言葉の「ことわり」であり、「こと()」によって「こと()」を分割し、それらを組み合わせて、新たな言葉を作ることを意味しています。

とすれば、「言分け」という行為の中には、音声化・記号化という行為に加えて、もう一つ「網分け(あみわけ)」という行為が潜んでいることになります。 

網分け」とは、「言分け」による「分節」で生み出された言葉や記号に対し、さらに特定の意図による「網」をかけて、抽象化された言葉や記号を創り出すことです。

(「分節」と「網」の違いについては、【システム(体系)でなくストラクチャー(構造)で捉える!】や【思考・観念言語の利点と限界を考える!を参照してください。)


以上のように、言語3階層説から見ると、私たちの生活構造では「身分け」「識分け」「言分け」という認識行為に加えて、さらに「網分け」という分離行為が行われている、といえるでしょう。 


網分け」によって、日常・交信言語の世界、つまりコト界(言知界)広義的な言語が推理・整頓され、極めて狭義的かつ正確的な思考・観念言語が生み出されるのです。

2022年7月9日土曜日

言語3階層説を総括する!

言語3階層説を具体的な「言葉」によって、改めて検証してきました。

その結果を取りまとめ、言語の3階層を総括しておきます。

すでに【言語3階層説を再び整理する!】において、言語には3つの階層があると述べてきましたが、今回の個別分析によって、次のように要約できると思います。

深層・象徴言語

●「身分け」が認知し、「識分け」が識知した対象を、「言分け」の理知によって原初的な記号に置き換え、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の関係をとりあえず繋いだ言葉である。

縁共同体において自然発生的に創造され、共通記号として広まった言葉である。

●自然発生的に生まれた言葉であるから、シニフィアンとシニフィエの関係やシンタックス(文法)精度は曖昧なままであるが、その分多義的で可変性も高い。

●特定の縁共同体の内部で生まれた言葉であるから、その共同体との距離によって使用の範囲が定まる。

●感覚の捉えた対象を直観的な理知力で表現する記号であるから、詩歌絵画などの形式で表現されるケースが多い。

実例・・・音声言語(擬声語:オノマトペ、擬音語、擬態語、擬容語、擬情語など)、文字言語(擬声文字、擬音文字、擬態文字、擬容文字、擬情文字など)、表象記号(元型:アーキタイプ、神話像、音符記号、絵画記号など)

日常・交信言語

●「身分け」が認知し、「識分け」が識知した対象を、「言分け」の理知によって言語化し、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の関係を共同化した言葉である。

縁共同体において自然発生的に創造され、共通記号として定着した言葉である。

●自然発生的に生まれた言葉であるから、シニフィアンとシニフィエの関係やシンタックスの制度はかなり曖昧であるが、その分広義的で融通性もある。

●特定の地縁共同体が創り出した言葉であり、その共同体との距離によって使用の範囲が定まる。

●識知の捉えた対象を日常的な理知力で表現する記号であるから、会話、書簡、信号などの形式で表現されるケースが多い。

実例・・・音声言語(口頭語、会話語、交信語など)、文字言語(表音文字、文書文字など)、表象記号(絵文字、文字記号、音声記号、交通標識、鉄道信号など)。

 思考・観念言語

●「身分け」が認知し、「識分け」が識知し、「言分け」が理知で言語化した対象を、さらに観念によって特定化し、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の関係を極めて限定した言葉である。

●地縁共同体において自然発生的に創られた日常・交信言語を基礎にしつつ、縁共同体が人工的に創り出した言葉である。

●意図的に創られた言葉であるから、シニフィアンとシニフィエの関係やシンタックスの制度は極めて明確であるが、その分狭義的である。

●特定の縁共同体が創り出した言葉であり、その共同体との距離によって使用の範囲が定まる。

●識知の捉えた対象を組織化された理知力で表現する記号であるから、論文、評論、発表、講演などの形式で表現されるケースが多い。

実例・・・音声言語(思考語、学術語、専門語など)、文字言語(数字、学術文字、専門文字など)、表象記号(物理・化学記号、学術記号など)。

以上のように、言語における3つの階層を整理してみると、私たちが日常的に使っている言葉にも、およそ3つほどの段階があり、それぞれの使用によって、把握対象の姿表現様式の形もまた、さまざまに変わってくるといえるでしょう。

2022年6月29日水曜日

「考える」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材に考察しています。

前回までの五感言葉、識知言葉、理知言葉に続いて、今回は「考える」という観念言葉をとりあげます。

「考える」という行為は、言分け次元の理知的行為のように思われますが、そこに至るまでには他の行為と同様、身分け次元からの積み上げがあるようです。

まず身分け次元では、言葉にならない感情として、何事かを言葉にしたい欲動が無意識として浮上してきます。

これが識分け次元に捉えられると、言分け次元との接点において、日本語では「つらつら」「よくよく」「あれこれ」「つくづく」など、英語では「deeply」「carefully」「closely」「attentively」などの「深層・象徴言語」に音声化されます。

さらに言分け次元そのものになると、日本語では「思う」「想う」などから始まり、「考える」「勘える」「案じる」「慮る」などの音声言葉へと広がっていきます。英語では「think」「consider」「conceive」「cogitate」「guess」などでしょう。いずれも平易な「日常・交信言語」として使用されるようになります。

(この件については、【思考・観念言語は地縁共同体から”理”縁共同体へ!】で、別の視点から考察しています。)

これらが言分けの高次元になるにつれて、日本語では「思考」「思索」「思惟」「思案」「考慮」「考察」など、英語では「thinking」「thought」「consideration」「cerebration」「idea」「intellection」など、理念的・専門的な「思考・観念言語」に変わっていきます。

以上の変化を日本語の歴史として振り返ってみると、次のような用例が挙げられます。

●和歌

春来ぬと 人は言へとも 鶯の 鳴かぬ限りは 嵐とそ思ふ・・・壬生忠岑:古今集・巻一 

世の中は いかに苦し と思ふらむ ここらの人に 恨みらるれは・・・在原元方:古今集・巻・巻十九

唐衣 かけてたのまぬ 時そなき 人のつまとは 思ふものから・・・右近:後撰集・巻十一

●小説・随筆

私は母の愛というものに就いて考える。カーライルの、母の愛ほど尊いものはないと云っているが、私も母の愛ほど尊いものはないと思う。・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」

衆人の攻撃も慮るところにあらず、美は簡単なりという古来の標準も・・・ 正岡子規「俳人蕪村」

「嚊の事なんぞを案じるよりゃ、お前こそ体に気をつけるが好い。何だかこの頃はいつ来て見ても、ふさいでばかりいるじゃないか?」・・・ 芥川竜之介「奇怪な再会」

親父が帰って来て案じるといけませんから、あまり遠くへは出られませぬ。・・・ 川上眉山 「書記官」

●哲学・思想書

数学の公理や論理はきわめて簡単明瞭であり、使用される概念も明確に制定されているに反して、言語による思考の場合では、これらのすべてのものが複雑に多義的であるから、一見同様な前提から多種多様な結論が生まれ出るように見える。・・・ 寺田寅彦「数学と語学」

科学というものの本来の目的が知識の系統化あるいは思考の節約にあるとすれば、まずこれらのスケッチを集めこれを基として大きな製作をまとめ渾然たる系統を立てるのが理想であろう。・・・ 寺田寅彦「科学者と芸術家」

利己主義には深い根拠があり合理的に、正直に思索するときには誰しも一応は利己主義に帰著するくらいのものである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」

利己主義には深い根拠があり合理的に、正直に思索するときには誰しも一応は利己主義に帰著するくらいのものである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」

元来芸術的と考えられるフランス人は感覚的なものによって思索するということができる。・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」

美しい手で確乎と椅子の腕を握り、じっとして思索に耽っている時のまじめな眠りを催すような静寂。・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」

非論理的論理というのは、今の人間のまだ発見し意識し分析し記述し命名しないところの、人間の思惟の方則を意味する。・・・寺田寅彦(「科学と文学」

言葉をなくすれば思惟がなくなると同時にあらゆる文学は消滅する。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」

歴史に対する彼の不信も、歴史が伝来物によらねばならぬ限り、彼の眼に向っ語らず、彼の思惟に訴へねばならぬためであつた。・・・三木清「ゲーテに於ける自然と歴史」

論理的に出立するということを、主観的と考えるのも、自己というものを主語的に考えて、思惟をその作用と考える故である。・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」 

このように見てくると、「考える」という行為は、身分け次元の意識化衝動に始まり、言分け次元の「つらつら」「よくよく」などの深層・象徴言語から、「思う」「考える」などの会話・交信言語に定着したうえで、「思考」「考察」などの思考・観念言語へ進展してきた、と推測されます。

2022年6月15日水曜日

「話す」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材として考察しています。

前回までの五感言葉や識知言葉に続いて、今回は「話す」という理知言葉をとりあげます。

五感言葉や識知言葉については、一つの言葉(単語)の成り立ちを考えてきましたが、「話す」という理知言葉は、自他との交信を前提にして使われています。

ソシュール言語学風にいえば、言葉という体系=ランガージュのうち、これまでは単語=ラングの次元についてでしたが、これからは対話=パロールの次元を考察するということになるでしょう。

パロールには、言葉を使って他人と会話するパロールⅠと、自分自身と会話するパロールⅡがあります。

他人と会話するパロールⅠの場合、「話す」という言葉はどのように使われているのでしょうか。


言分け次元の初期においては、日本語では「ぺらぺら」「すらすら」「ぶつぶつ」「ぼそぼそ」など、英語では「glibly」「volubly」「nag」「mutter」などの「深層・象徴言語」が使われています。

これが言分けの一般次元になると、日本語では「話す」「語る」「述べる」「言う」「話し合う」など、英語では「speak」「talk」「tell」「whisper」「say」「discuss」など、平易な「日常・交信言語」が使用されています。

さらに言分けの高次元になると、日本語では「会話」「対話」「談話」「議論」「討論」など、英語では「conversation」「interview」「discourse」「argument」「debate」「controversy」など、理念的・専門的な「思考・観念言語」に変わっていきます。

日本語の歴史を振り返ると、次のような用例が挙がってきます。

和歌・・・日常的な「語る」が多用されています。

名にめてて をれるはかりそ をみなへし 我おちにきと 人にかたるな・・・古今集・巻四:僧正遍昭

涙のみ しる身のうさも かたるへく なけく心を まくらにもかな・・・後撰集・巻十八:詠み人知らず

小説・随筆・・・やや観念的な「会話」「談話」などが多いようです。

彼の後ろから来る小作人たちのささやきのような会話に耳を傾けた。・・・有島武郎「親子」

これは二人の人の会話のようであるが、おげんは一人でそれをやった。・・・島崎藤村「ある女の生涯」

元来私は談話中に駄洒落を混ぜるのが大嫌いである。・・・内田魯庵「温情の裕かな夏目さん」

わたくしの学生時代の談話をしろと仰ゃっても別にこれと云って申上げるようなことは何もございません。・・・幸田露伴「学生時代」

哲学・・・観念的な「対話」「談論」「議論」「討論」などが使用されています。

魂の内において魂が自分を相手に声を出さずに行なう対話(ディアロゴス) --まさにこれがわれわれによって思考(ディアノイア)と呼ばれるようになったのだ。・・・プラトン『ソピステス』

この人民の政を捨てて政府の政にのみ心を労し、再三の失望にも懲りずして無益の談論に日を送る者は、余輩これを政談家といわずして、新奇に役談家の名を下すもまた不可なきが如く思うなり。・・・ 福沢諭吉「学者安心論」

私は今これらの議論に入らない。とにかく、カント哲学においては、先験感覚論の始にいっている如き、我々の自己が外から動かされるという如き主客の対立、相互限定ということが根柢にあり、そこに主語的論理の考え方を脱していない。・・・ 西田幾多郎「デカルト哲学について」

いつまでもなんらかこの種の方法をとらなければ、独断と独断との間の討論の終結する見込みは立たないように思われるのである。・・・寺田寅彦「比較言語学における統計的研究法の可能性について」

以上のように見てくると、「話す」という行為は、言分け次元の深層・象徴言語に始まり、「話す」「語る」などの会話・交信言語として日常的に普遍化されたうえで、「会話」「議論」などの思考・観念言語へと移行してきた、と推測されます。

2022年5月31日火曜日

「気づく」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。

前回までの五感言葉に続いて、今回は「気づく」という識知言葉をとりあげます。

人間は周りの環境世界を、五感による「身分け」で「知」し、意識による「識分け」で「知」し、言語力による「言分け」で「知」しています。

この過程において、「気づく」という言葉は、「身分け」が把握したものを「識分け」で意識することを意味しています。つまり、「気づく」とは「意識する」という言葉の一形態だ、といえるでしょう。



上図で言えば、私たち日本人はまず「身分け」が捕まえた、さまざまな感覚を「ピン」や「ハッ」などのオノマトペ、つまり深層・象徴言語で表現します。

次に「言分け」によって、それらを「気づく」「覚(さと)る」などの日常・交信言語で表わします。

さらに「言分け」をより高度化した思考・観念能力によって、「認識」「察知」など、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学、哲学、科学研究などを行っています。

和歌・・・「気づく」よりも「さとる」が多用されています。

こころとて けにはこころも なきものを さとるはなにの さとるなるらむ・・・続古今集 巻八:よみびとしらず

さとるへき みちとてさらに みちもなし まよふこころも まよひならねは・・・新後撰集 巻九:よみびとしらず

小説・随筆・・・「気づく」とともに「意識」「察知」「覚醒」も使われています。

月が手を伸ばして太鼓を拾ったのを、誰も気付きませんでした。・・・小川未明『月と海豹』

そして、以前とは多少、物の見方や考え方なども自分ながら変って来ていることにも気付きますが・・・宮本百合子『アメリカ文士気質』

饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。・・・芥川龍之介『羅生門』

これまでの新聞の発展は、社主が意識して遂げさせた発展ではなかった。・・・森鴎外『青年』

すぐ事態を察知した。薬品が効かなかったのだ。・・・太宰治『畜犬談』

眼をつぶったまま覚醒し、まず波の音が耳にはいり、ああここは、港町の小川君の家だ・・・太宰治『母』

哲学・・・「意識」「認識」「覚醒」が使われています。

けれども私は、同じく自分の凡庸を意識していても、それをごまかそうとかかっている人に同情する事はできません。・・・和辻哲郎『ある思想家の手紙』

我々が自然を認識するのはこの両様の意味を含んでいる。すなわち外形はそれと全然似よりのない、性質の違ったものを我々に認識させるのである。・・・ 和辻哲郎『「自然」を深めよ』

冬眠の状態にある蛙が半年の間に増大させるエントロピーの量は、覚醒期間のそれに比べて著しく少ないに相違ない。・・・寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」

仏教唯識論・・・意識は「」という言葉で語られています。

仏教語としてはmanovijñānaの訳語であり、仏教で説く六根のうちの意根を拠り所とするのこと。物質以外に対する認識で、過去の出来事を想起することや、未来を推測することも意識の働きである。六識のうち、眼・耳・鼻・舌・身の五識を前五識という場合、意識は第六意識と呼ばれる。この第六意識はあくまでも認識の一つであり、心を意味するものではない。・・・新纂浄土宗大辞典

認知心理学・・・「アウェアネス」と定義しています。

Awareness(気づき)とは、ある情報を包括的なコントロールに直接的に利用できる状態(direct availability for global control)を言い、例えば赤いものが見えていることに気づいているとは、「赤いもの見えている」と言葉で報告できること、また赤い信号の表示に気づいている場合であれば「信号が赤いのが見えたので、横断歩道ではなく陸橋を使って道を渡ることにした」といった計画的で全体的な運動に情報を利用できることなどを言う。・・・DJ・チャーマーズ:林一訳『意識する心』

脳科学・・・「クオリア」と定義しています。

クオリアとは、ラテン語 qualiaで、単数形は a quale であり、我々が意識的に主観的に感じたり経験したりする「質」のことを指す。日本語では感覚質とも呼ばれる 。一般に、夕焼けの赤い感じ、虫歯の痛み、などの比喩を使って説明されることが多い。・・・脳科学辞典

クオリアは自然界の基本的な要素の一つであり、クオリアを現在の物理学の中に還元することは不可能である。意識の問題を解決するにはクオリアに関する新しい自然法則の探求が必要である。・・・DJ・チャーマーズ:同上

以上のように、「気づく」という行為は、「覚る」「感づく」などの日常言葉から始まり、「意識」「認識」「察知」「覚醒」、さらには「アウェアネス」「クオリア」などの観念言葉に進展していきます。

2022年5月15日日曜日

「かたい」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。

前回の「からい」という味覚言葉に続いて、今回は「かたい」という触覚言葉をとりあげます。

触覚は、私たちの皮膚の表面に物が触れたときに生ずる「身分け」です。

古代ギリシアにおいて、アリストテレスが定義した五感(視、聴、味、嗅、触)の一つですが、彼のいう触覚には温、冷、痛などの皮膚感覚や深部感覚、さらには他の4感に属さない全ての感覚が含まれていました。

このため、19世紀にドイツの生理学者、E.ウェーバーが、これらの中から痛み、疲れ、飢え、渇き、幸福感、性感などを「一般感覚」と名づけてとり除き、残りをより厳密な意味での触覚と定義しました。

さらに現代医学では、皮膚を通じて得られる圧覚、痛覚、温度覚の3つだけを「皮膚感覚」と定め、このうちの圧覚だけを五感に含まれる触覚としているようです。

とすれば、最狭義の触覚は、皮膚と物との間に生まれる「手ざわり」「肌ざわり」を意味することになりますので、触覚言葉としても「かたい」「でこぼこ」など、その対語として「やわい(やわらかい)」「なめらか」などが相当します。

そこで、「かたい」の発生源を考えると、皮膚に触れる、さまざまな物体となります。この物体を人間は「身分け」能力によって「」しているのです。

認知の生理的な仕組みは、外から圧力の変化に対して応答する細胞が主たるものですが、変化や振動にいち早く反応するものや、持続的な圧力にゆっくりと反応するものなど、数種類があるようです。

これらの反応が脊髄から脳幹への神経を通じて大脳まで届けられと、幾つかの反応が引き起きます。これこそモノ界において、無意識がとらえた「」です。

続いて、人間の「識分け」力がこれらの反応を把握し、日本人では「ゴツゴツ」「コツコツ」「ザラザラ」「ツルツル」など、英国人ではscraggy」「srugged」「mooth」などのオノマトペ、つまりモノコト界の「深層・象徴言語」として「」します。

さらに人間の「言分け」能力は、これらの触覚象徴をコト化し、日本人では「かたい」と「やわい」などに、英国人では「hard 」や「soft」などに区別して、コト界の「日常・交信言語」として「」し、会話や文通などの交信活動で使用します。

さらに人間は、これらの交信言語を、「言分け」能力をより高度化した思考・観念能力で、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学活動科学研究などを行っています。

文学では、「硬い」が「難い」や「固い」の意味にメタファー(隠喩)されることが多いようです。

和歌

白妙の 衣かたしき 女郎花 さけるのへに そこよひねにける・・・紀貫之:後撰集 

うつつには 会ふことかたし 玉の緒の 夜はたえせす 夢にみえなむ・・・柿本人麿:拾遺集

小説

王子の剣は鉄を切る代りに、鉄よりももっと堅い、わたしの心を刺したのです。・・・芥川竜之介 「三つの宝」

親の許さぬ男と固い約束のあることも判った。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」

然し皆の胸の中には固い、固い決意が結ばれて行った。・・・ 小林多喜二 「父帰る」

科学研究では「硬度」という表現が一般的です。

物体の硬軟の程度を表わす語。主に、金属のかたさ試験に用いられる押込法と、鉱物のかたさ試験に用いる引掻法によって測る。

押込法は、鋼鉄の球を一定の荷重によって料の表面に押し付け、そのへこみぐあいによって表わす。

引掻法は、頂角が九〇度のダイヤモンドの円錐体で試料の表面を引っ掻いて、その傷によってかたさを表わす。

(Wikipedia)

こうしてみると、「かたい」という蝕覚言葉を、言語3階層説から眺めて見ると、「身分け」「識分け」「言分け」へと認識次元が進むにつれて、「手触り」という具象的な感覚から、「困難」という抽象的な心理への進展が如実に理解できます。