2025年12月30日火曜日

Life Creators Marketing3:生活民はどこまで自給しているのか?

現代社会の生活民は、自らの生活を構築するため、さまざまな生活資源を「市場」から調達する、という生活構造に追い込まれています。

私たちはどれほど「市場」に頼っているのでしょうか。極めて現代的な質問ですから、生成AI に聞いてみましょう。

「日本人の個人は、衣、食、住、移動、熱源の各部門で、何%自給しているのでしょうか?」と尋ねると、

Gemini(Google)、ChatGPT(OpenAI)、Copilot(Microsoftからは、次のような回答がありました。

一般的な個人では、食が0.1~1%、衣と住が0%、総合は25など、自給を極めた個人では、食が約7090%、衣が約1030%、住が約5070%総合は80%前後と「どうしても突破できない最後の20%」を指摘したうえで、「まとめ」として「私たちの生活は“輸入”で成り立っている」と述べています。


食が15%、衣が0%、住が0~1%などで、総合で25と推定したうえで、「平均的な日本人は、生活の9598%を“他者・社会・海外”に依存している、と述べています。


食が約38%(カロリーベース食料自給率)、衣が03%程度(衣料品の輸入依存が9798%から推計)、住が50%前後(木材自給率約40%+建材の多くは国内生産)など、個人の自給率ではなく、輸出入の比率として推定しています。

その理由として「公的統計にも日本人個人の自給率を%で示したデータは存在しない」うえ、「個人が衣服や住宅を“自給”する概念が現代社会では成立しにくい」と推定の困難性を指摘しています。


●Geminiの推定は、極めて柔軟な姿勢で、一般的な個人で総合が25%、自給を極めた個人で総合は80%前後と、一般人と自給志向人を分けたうえで、大きな差異を指摘しています。

●ChatGPTの推定は、極めてベーシックな態度で、平均的な日本人の自給率を25%と推定し、それ以外は“他者・社会・海外”に依存している、としています。

●Copilotの推定は、やや建前的な姿勢で、個人レベルの自給状況は推定できないとしたうえで、国家レベルの自給状況を240としています。

以上のように、生成AIの回答はやや分散しているようです。

しかし、統合的に見れば、私たち生活民の生活自給状況は、ほとんど0%に近い状況ですが、自給志向者にとっては80%まで上げられる可能性もある、ということになりそうです。

そこまで上げるのは大変だと思いますが、“生活民”としては挑戦する意味はあるでしょう。

どうすれば可能になるのか、さまざまな視点から考えていきます。

2025年12月23日火曜日

Life Creators Marketing 2 :市場とは何だろうか?

 生活“民”マーケティングLife Creators Marketing)とは、生活民の立場から「マーケット(市場)」へ働きかける行動を意味します。この「マーケット」、つまり「市場」とは何なのでしょうか。

人類史を振り返ると、古代社会の狩猟採集時代や農耕初期時代には、生活民の暮らしは自給自足が基本であり、その余剰分が贈与や共同体内で分配されていました。つまり、生活民にとっての生活資材とは、自分自身で獲得する対象であった、といえるでしょう。

ところが、時代が下るにつれ、他者との「交換」という獲得方法が広がってきました。これこそが「市場」という社会装置の基本です。


「市場」という漢字は、「いちば」とも「しじょう」も読まれています。

いちば」とは「小売店が集まって常設の設備の中で、食料品や日用品を売る所」や「一定の商品を大量に卸売りする所」を、また「しじょう」とは「売り手と買い手とが特定の商品や証券などを取引する場所」を、それぞれ意味しています(デジタル大辞泉)。

社会装置としては、「いちば」が拡大することで、「しじょう」へ発展してきました。

狩猟採集社会(紀元前1万年前まで)では、余剰の食料や自作の道具などを物々交換する場所として始まり、古代社会(紀元前40002000年頃)になると、メソポタミア、エジプトなどでは定期的な交換場所として定まりました。

ヨーロッパの中世社会515世紀頃)には、都市の拡大につれて定期市が開かれるようになり、近代社会1819世紀)になると、産業革命の進行とともに、大量生産・大量流通を担う商品市場が誕生し、貨幣経済の拡大に伴って、現代の市場社会が成立しました。

このように進展してきた「市場(いちば+しじょう)」に対し、生活民はどのように対応していくべきなのでしょうか。生活民マーケティングが対象にするのは、基本的には「いちば」ですが、延長線上では「しじょう」へも広がっていきます。

もともと「自給自足」が基本であった生活資源の獲得法が、知人間の「贈与」や共同体による「分配」、さらには宗教や王権による「再分配」などを経て、市場による「社会的交換」に移るにつれ、個々の生活民としてどのように対応すべきが問われるようになってきたのです。

これにより、現代社会の生活民は、自らの生活を構築するため、自己の労働で獲得した貨幣を差し出し、さまざまな生活資源を「市場」から獲得する、という生活構造に至っています。

とすれば、本来の「自給自足」と「贈与」「分配」「再分配」「交換」の間に、どのように対応していけばいいのか、とりわけ「自給自足」と「交換」の関係を適切に創り上げるにはどうすればいいのか、が問われることなります。

これこそが「生活民マーケティング」の基本的立場といえるでしょう。

2025年12月4日木曜日

Life Creators Marketing・プロローグ

生活学・新原論の応用方向を整理してきました。基本的な方向はひとまず取りまとめましたので、さらに具体化するため、市場社会への対応、つまり「“生活民”は市場社会へいかに対応していくか」について、多面的に考えていきたいと思います。

生活“民”とは、どのような人間なのでしょうか。「生活民」とはどんな人?】で述べたように、生活学の「生活人」や社会経済学の「生活者」を継承しつつ、より統合化したコンセプトです。

さらにいえば、消費者とも生活者とも異なる、より純粋の人間像、「Life Creators」です。市場社会との関連で定義すれば、「ユーザーの立場を超えて、市場の成立以前から存在した、自立的な人間」像ともいえるでしょう。


とはいえ、現代社会は極めて高度な市場社会ですから、それを前提にしなければ、各々の生活は成り立ちません。企業という供給側の提供する、さまざまな生活素材を受容しつつ、それぞれの暮らしを構築していくという生活形態が一般的なのです。

そうだとすれば、市場=マーケットに対し、需要者としてどのように対応していくべきなのか、それなりの行動が求められます。

これこそ、生活民マーケティングです。供給者側からではなく、需要者側からの市場対応策ともいえるでしょう。

マーケティングといえば、通常は供給側からのマーケット対応が一般的です。さまざまな企業が需要集中市場へいかに対応していくか、という経営戦略と考えられています。

とはいえ、もう一方では、需要側からのマーケティングも考えられます。市場社会に生きている生活民は、どのようにマーケットと付き合えばいいのか、という視点です。複雑に膨張した生活市場を、一人の生活民としてどのように活用し、いかように変えていくべきかという生活手法です。

これこそ「生活“民”マーケティングLife Creators Marketing」です。一人の人間として、生活市場や消費市場という生活資源の溜池にどのように踏み込んでいくべきか。さらにいえば、生活民の一人として、巨大な市場社会へ適切に対応し、巧妙に利用し、いかなる方向へ変えていくべきか。・・・そんなことを目ざすのが、生活民マーケティングといえるでしょう。

このような視点から、生活民のさまざまな市場対応を考えていきます。