江戸時代に入ると、「價直(げじき・かちょく)」という言葉は、約200年前に移入してきた欧州語の翻訳語として「價値(かち)」という言葉に置き換えられました。
最初の蘭日辞典『波留麻和解』(寛政8年=1796年)では、「waarde(ワアルデ)」の訳語として「價値」が与えられ、「高價」「利潤」も併記されています。
この辞典は、長崎通詞の西善三郎が着手し、その後、蘭学者の稲村三伯、宇田川玄随、岡田甫説らによって編纂されたものです。
18年後に出た、最初の英和辞典『諳厄利亜語林大成』(文化11年=1814年)でも、「value(ヘルユー)」の訳語が「價値」とされています。
この辞典は、和蘭・和英通辞の本木庄左衛門(正栄)を中心に、同じく通詞の馬場貞歴、末永祥守、楢林高美、吉雄永保らが編纂した、日本初の英和辞典です。
蘭語の「waarde」も、英語の「value」も、ともに原語の意味には「相当性」と「有用性」の両方が含まれています。
このため、翻訳語の「價値」もまた「あたひ+ねうち」、つまり「相当性+有用性」の二義性を持つことになりました。
なぜ「直」が「値」に変わったのか、詳しくはわかりませんが、「直」の字が「十:正面、まっすぐ」+「目:見る」+「―(線)」を組み合わせて「線をまっすぐ見る」ことを表すのに対し、「値」の字では「亻:人」が「線をまっすぐ見る」ことになりますから、「ねうち」よりも「あたひ」にやや近づくからかもしれません。
いずれにしろ、江戸時代の人々もまた、大和言葉の持っていた、「あたひ」と「ねうち」の区別を捨て、両者の複合化した「價値」を使うようになっていたのです。
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