
仏教でいえば、これはまさに「解脱」といえるでしょう。表面の願望を断ち切れば、その下の願望が見えてくる。それを捨てれば、その下の願望が次々に浮かんでくる。全てを捨ててありのままになれば、ついには動物そのもの、生物そのものとしての存在が見えてきます。そうした境地を仏教は「解脱」とよんでいるのです。


私たちの日常生活での思いがけない思考や不意の行動は、実は意識下に潜む潜在意識によって動かされている、という理論です。
これもまた、古代仏教の唯識論でいう深層意識観、「アーラヤ識」に通じています。この世の全ての現象はアーラヤ識が引き起こす因果にすぎない、という思想です。
以上のように、「心の内部にはいくつかの階層がある」という発想は、古今東西の思想に共通しています。こうした共通構造を、井筒俊彦は「垂直的」とよんだのです。
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