「モノからコトへ」の次は「コトからモトへ」進むべきだ、と述べてきましたので、「モト」の中身について少し触れておきましょう。
前回述べたように、「モト」には、本(モト)、下(モト)、元(モト)の、3つの次元があります。
前回述べたように、「モト」には、本(モト)、下(モト)、元(モト)の、3つの次元があります。
①感覚・体感・・・本能
②無意識・未言語・・・下意識
③象徴・神話・・・元型
②無意識・未言語・・・下意識
③象徴・神話・・・元型
3つの次元については、【差異化を超えて差元化へ:2016年4月19日】で詳しく述べていますので、改めて要旨を紹介しておきます。
現象学の「エポケ(epokhē:判断中止)」を応用して、記号界のさまざまな「欲望」をかなぐり捨て、そのうえで生理的な「欲求」や無意識的な「欲動」の次元へ降りていきます。すると、そこに見えてくるのは象徴や神話の世界であり、さらにその下には無意識や下意識の世界、もっと下には感覚や体感の世界が広がっています。
それぞれの次元に浮遊している「モト」とは何なのか、その中身は次のようなものです。
①感覚・体感の次元
個々人の身分け能力、つまり五感や六感などの感覚、いわゆる本能の活動する次元です。
これらを鋭敏にするには、一旦は理性的、合理的な鎧を脱ぎ捨て、直感的、感覚的な裸身をさらけ出すことが必要です。
野性的な動物や出産直後の乳児などの「本能」次元に立ち戻って、触覚、嗅覚、聴覚など視覚以外の感覚、つまり肌触り、快感、快汗、芳香、悪臭、美声、騒音などに敏感になることが求められるでしょう。
②無意識・下意識の次元
身分けと言分けの裂け目から生まれてくるカオスが、どろどろと蠢いている次元です。
通常は意識下の暗い深淵に潜んでいますが、時折、夢や幻想などの形をとって噴出し、記号で覆われた欲望の厚い膜を突き破って出てきます。
これを活かすには、無意識や下意識が見えやすい環境を、積極的に作り出すことが必要です。
眠り、酩酊、陶酔といった状況に自らを誘い込んで、その中でたっぷりと夢や幻想を味わい、そこから生来の直感力や超能力を回復させる。それができれば、外部から誘導された欲望の虚構性が自覚され、生身の生活願望が見えてくるはずです。
③象徴・神話の次元
無意識・下意識が漂う中で、言語や記号の生まれる以前のシンボルや元型(archetype)が蠢いている次元です。
C.G.ユングによると、【サインとシンボル・・・どこが違うのか?:2015年8月28日】で紹介したように、「象徴(シンボル)」という言葉は、既成の言語体系が形成される以前の未言語段階、あるいは前言語段階の意味体系である、と定義されています(『人間と象徴』)。
私たちは、感覚や無意識でとらえたものを言葉で表す前に、より始原的なイメージによって表現している、ということです。
とすれば、象徴が生み出した元型【「象徴」を応用する!:2016年4月9日】の微妙な動きやそれが繋がった神話の流れに敏感につかみ取ることが求められるでしょう。
個々人の身分け能力、つまり五感や六感などの感覚、いわゆる本能の活動する次元です。
これらを鋭敏にするには、一旦は理性的、合理的な鎧を脱ぎ捨て、直感的、感覚的な裸身をさらけ出すことが必要です。
野性的な動物や出産直後の乳児などの「本能」次元に立ち戻って、触覚、嗅覚、聴覚など視覚以外の感覚、つまり肌触り、快感、快汗、芳香、悪臭、美声、騒音などに敏感になることが求められるでしょう。
②無意識・下意識の次元
身分けと言分けの裂け目から生まれてくるカオスが、どろどろと蠢いている次元です。
通常は意識下の暗い深淵に潜んでいますが、時折、夢や幻想などの形をとって噴出し、記号で覆われた欲望の厚い膜を突き破って出てきます。
これを活かすには、無意識や下意識が見えやすい環境を、積極的に作り出すことが必要です。
眠り、酩酊、陶酔といった状況に自らを誘い込んで、その中でたっぷりと夢や幻想を味わい、そこから生来の直感力や超能力を回復させる。それができれば、外部から誘導された欲望の虚構性が自覚され、生身の生活願望が見えてくるはずです。
③象徴・神話の次元
無意識・下意識が漂う中で、言語や記号の生まれる以前のシンボルや元型(archetype)が蠢いている次元です。
C.G.ユングによると、【サインとシンボル・・・どこが違うのか?:2015年8月28日】で紹介したように、「象徴(シンボル)」という言葉は、既成の言語体系が形成される以前の未言語段階、あるいは前言語段階の意味体系である、と定義されています(『人間と象徴』)。
私たちは、感覚や無意識でとらえたものを言葉で表す前に、より始原的なイメージによって表現している、ということです。
とすれば、象徴が生み出した元型【「象徴」を応用する!:2016年4月9日】の微妙な動きやそれが繋がった神話の流れに敏感につかみ取ることが求められるでしょう。
なお、以上のような3次元を私たちが実際に活用する手法については、【差元化とは何か?:2015年8月】で詳述していますのでご照覧ください。
ともあれ、生活民自身が上記のような「モト」次元へと焦点をあて、それらを享受することができるようになれば、「モノ」や「コト」の次元を大きく飛び超えていく、一つの足掛かりとなるでしょう。
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