生活学・新原論の最初は、生活を行っている主体、つまり「生活主体」をどうとらえるか、という課題です。
生活主体とは何かについては、消費者、生活者、生活人など、これまでさまざまな定義や議論が行われてきました。
当ブログでも、【消費者とは誰のことか?】【大熊信行の提起した「生活者」とは・・・】【今和次郎は「生活人」を提唱!】などですでに紹介してきました。
また日本生活学会編『生活学事典』(TBSブリタニカ、1999)の中で、筆者は「消費者とは市場社会の内にとどまる人であり、生活者とは市場社会を超えた人なのである」とも述べています。
そのうえで、【「生活民」とはどんな人?】において、新たに「生活民」という主体を提言しています。
これらを整理すると、「生活民」という定義こそ、今回の生活学新原論にふさわしい生活主体ではないか、と思われます。
①経済学等でいう「消費者」は「生産者の提供するモノやサービスを、市場を通じて購入し、消費する人」であり、主体的な生活を行う人とは言えませんから、抑制していきます。 ②今和次郎の提案した「生活人」からは、「美学や哲学などの次元にまで幅を広げた、より総合的な人間像」を継承しています。 ③大熊信行の提案した「生活者」からは、「営利主義の対象である“消費者”を抑制する」ことや「自己生産を基本にする」ことを継承しています。 ④その一方で、「生活人」が否定した「伝統や慣習、あるいは流行を追い求める生活行動」や、「生活者」が排除した「気晴らしや見せびらかしなどを求める願望次元」なども積極的に肯定し、両方とも含めた人間像をめざします。 ⑤以上を統合して、生活の主体を、市場社会のユーザーの立場を超えて、市場の成立以前から存在した、自立的な人間におきます。 ⑥こうした視点から、庶民、市民、人民、公民、国民などに共通する「民」の視点を再評価し、「生活民」と名付けます。 |
上記のように生活主体を定義すれば、「生活民」の意味するところは「自給自立人」ですから、英訳すれば「Self-helper」ということになるでしょう。