2026年8月26日水曜日

ワケワケセオリーの発想源

 ワケワケセオリーを発想した、理論的な基盤を説明します。

「ワケ」とは「分け」のカナ表現ですが、何を意味するのでしょうか?

「分け」とは、人類の周りをとりまく世界を、何らかの枠組みによって認識する行動です。

このセオリーでは、「分け」行動を「身分け・識分け・言分け・網分け」の4つの行動にワケて、それぞれの特性を考えています。

4つの行動が生まれてきた原点には、次のような思想的背景があります。


➀身分け

この言葉は、哲学者・市川浩の「身分け」論から借用しました。

「身分け」は「身によって世界が分節化されると同時に、世界によって身自身が分節化されるという両義的・共起的な事態を意味します。

〈身分け〉は意識レヴェルの分節化を意味するのではなく、反射的な反応のように意識されない身による世界の分節化のレヴェルをも含み、われわれは前意識的なレヴェルでも、身で分けた世界の分節的風景というものを生きています(市川浩『〈身〉の構造』)。

この論理を借用したうえで、「身分け」とは、身体によって把握された世界、五感という感覚器によって捉えられた、身体内外の世界を意味することにします。

➁識分け

この言葉は、言語学者・井筒俊彦の「言語アラヤ識論」や仏教の唯識論などを参考に、筆者が創りました。

「言語アラヤ識」という特殊な用語によって、私は、ソシュール以来の言語学が、「言語(国語、ラング)」と呼び慣わしている言語的記号の体系のそのまた底に、複雑な可能的意味聯鎖の深層意識的空間を措定する。もしこの考え方が正しいとすれば、我々が表層意識面で――つまり知覚的に――外的事物、例えば目前に実在する一本の木を意識する場合にも、その認識過程には言語アラヤ識から湧き上がってくるイマージュが作用しているはずだ(井筒俊彦『意識と本質』)。

この論理を応用して、感覚把握と言語把握の間に、もう一つ「意識」次元の把握がある、と考えました。

➂言分け

この言葉は、言語学者・丸山圭三郎の「言分け」論から借用しました。

人間だけがこのような本能の図式(身分け構造)に加えて、もう一つのゲシュタルト(全体的構造)を過剰物としてもってしまった時から人間となったのではあるまいか。これが私の仮説用語である第二次分節の結果生ずる〈言分け構造〉であり、その網の目は「シンボル化能力とその活動」という広い意味でのコトバによるゲシュタルトにほかならない(丸山圭三郎『文化のフェティシズム』)。

丸山理論に従うと、言分け(ことわけ)とは、「シンボル化能力とその活動」、つまり広い意味でのコトバを操る能力ということになります。

これによって、外部世界は本能という図式に加え、コトバやシンボルによって把握した、もう一つ別の外界像を結ぶことになります。

➃網分け

この言葉は、ヨーロッパの哲学者、R.デカルトやG.M.ライブニッツらの普遍言語論に従い、筆者が創り出しました。

人間の思考が複雑化している知的活動の中で、何が簡単な思考であるかを正しく説明し、その説明が万人に受け入れられるとするなら、私はあえて、非常に簡単に学び、話し、書くことのできる普遍言語を望むだろう。そのような言語の最大の利点は、間違った使用などほとんどなく、明確に問題を提起し、人間の判断を助けることだ。(R.Descartes:Carta de Descartes a Mersenne, 20 Noviembre 1629)

この言語(普遍言語)が真の哲学に依存するとしても、その哲学の完成に依存するのではない。すなわち、哲学が完全なものでなくとも、この言語は確立されるのであり、人間の学問が進歩するにつれて、この言語もまた進歩するのである。(G.W.Leibniz:La Logigue de Leibniz d’aprés des documents inédits.1901)

普遍言語が目指している思考用言語とは、日常言語を超えた集約的言語です。このような言語を創り出すには、現象把握に知的な網をかけなければなりません。これこそ「網分け」といえるでしょう。

網分けとは、「言分け」による「分節」で生み出された言葉や記号に対し、さらに特定の意図による「網」をかけて、抽象化された言葉や記号を創り出すことなのです【「ことしり」から「ことわり」へ!】

以上のように、ワケワケセオリーの基本である「4ワケ」という発想は、東西諸賢のさまざまな理論に基づき、統合的に構築したものです。

2026年8月16日日曜日

ワケワケセオリーの基本構造

筆者の基本的研究テーマである「人口波動説」と「ライフォロジー=生活学・新原論」の基盤として、「ワケワケセオリー」を提唱しています。

ワケワケセオリーとは、いかなるものでしょうか。

これまで数十年にわたって、筆者が学んできた、さまざまな学問や、社会的に体験してきた、幾つかの業務などを、総括的に整理して、最も基本となる考察過程を抽出したもので、一つの思考モデルとして提案するものです。

発想の原点は「意識としての生活世界構造」で述べた、「4分け」論です。この発想はどのように生まれ、どのように進展してきたのでしょうか。


主な論点を挙げておきましょう。 

➀私たちは、自らを取り巻く環境世界を【身分け、識分け、言分け、網分け】の「4分け」によって捉えています。

➁「身分け」は感覚、「識分け」は意識、「言分け」は言葉、「網分け」は観念、のそれぞれによって、環境世界を分ける行動です。

➂「4分け」により、私たちの意識行動は【おぼえず~おぼえる~しる~はなす~かんがえる】に分かれます。

➃「4分け」が捉えた環境世界は、5つの心理的世界(ソト界=未知界、モノ界=認知界、モノコト界=識知界、コト界=言知界、アミ界=理知界)に分かれます。

➄5つの心理的世界では、5つの認識行動(無感覚~無意識~意識~知識~学識)が動き出します。

⑥5つの認識行動によって、「生活民の意識行動とは?」で述べたように、5つの生活願望(欲外、欲動、欲求、欲望、知欲)が生まれてきます。

⑦5つの認識行動によって、言語という思考・交信装置もさらに分化し、「言語6階層説へ進展する!」で述べたように、6つの階層(深層言語、象徴言語、自然言語、交信言語、思考言語、理知言語:観念言語)へ進んでいきます。

➇言語の進展に伴って、私たちが環境世界を認識する方法、つまり5つの「識知」(マナイズム、アニミズム、ミソロジー、リリジョン、サイエンス)が動き出します。

⑨識知の進展に伴って、5つの文明(旧石器、新石器、粗放農業、集約農業、工業)も進展します。

➉文明の進展に伴って、5つの人口波動(石器前波、石器後波、農業前波、農業後波、工業現波)も浮上してきます。

「ワケワケセオリー」とは、以上のような基本構造を持つ理論です。この構造を基盤にして、それぞれの趣旨を考えていきましょう。

2026年8月8日土曜日

ワケワケセオリーを提唱する!

「Life Creators Marketing」がひとまず終わりましたので、新たなテーマへ進んで行きます。

先日、当ブログの読者から「専門は何ですか?」とのご質問をいただきました。とりあえずは「人口学や生活学です」とお答えしましたが、「本当なのか」とわだかまりも残っています。というより、固定した専門分野などないのでは、と思いも高まってきましたので、改めてお答えを考えさせていただきます。

大学では法学部で法学(特に刑法学)を学びましたが、最初に就職した製鉄会社で、OR(オペレーションズ・リサーチ)、IE(科学的管理法)、QC(品質管理)など、主に統計的手法を習得しました。

その後、転職したシンクタンクで、デルファイ法、システムダイナミックス、エコノメトリックモデル、都市計画手法、地域振興手法、合意形成手法、人口分析手法(歴史的人口推計、人口予測、人口動態・移動分析)などを、“学際(interdisciplinary)”的に経験しました。

さらに独立して開設した私的研究機関では、文化人類学、現象学的社会学、ソシュール言語学、文化記号学、分析心理学、唯識論などを学び、これらを応用したマーケティング手法も提案してきました。

また兼任した大学では、人口社会学、社会工学、産業構造論、マーケティング戦略論なども担当しました。

以上のような研究をとりまとめ、1980年代以降、幾つかの著作を上梓してきました。一方では人口問題、とりわけ人口減少に関わる著作を数冊、もう一方ではマーケティング戦略に関する著作も数冊、という具合です。

こうした経緯で、その後も「人口減少」問題に関する、さまざまな研究会や講演会などにも参加し、「人口波動」説という新理論を提唱してきました。

もう一方で、「日本生活学会」という研究団体の運営に、数年の間、常任理事・事務局長として深く関ってきました。

以上のように、独立系研究者としては、既存の研究分野とはかなり離れた次元で、思考や考察を続けてきました。

そこで、その成果などを2015年から「JINGEN〈人減〉ブログ」と「生活学マーケティング」という、2つのブログで公表してきました。一方は人類の歴史と未来を考え、もう一方は個人の生き方の原点を考えるという、極めて対極的な論点を考察するものです。

まったく異次元のテーマを展開しているようですが、必ずしもそうではありません。超長期の人類の思考過程と、個々の生活民の思考過程では、ほとんど同じ構造が見られるからです。

このような立場をとりあえず「ワケワケセオリー」と名づけています。

ワケワケとは何でしょうか? 「身分け」「識分け」「言分け」「網分け」などの「分け」です。

これは言語学、心理学、唯識論、現象学的社会学など、人間の基本的思考・行動に関わる諸学を統合化する理論といえるもので、ミクロからマクロまで通底する視点を提供してくれます。

それゆえ、暫くの間、このセオリーを展開していきたいと思います。