2022年2月27日日曜日

音符で思考する!

思考・観念言語における文字言語【思考・観念言語は地縁共同体から理”縁共同体へ!】の位置を考えています。

文字言語には、数字・計算文字、漢字、専門文字などがありますが、今回は専門文字の一例として楽譜文字、つまり「音符」について考えてみます。

現代社会で使われている楽譜文字では、(四分音符)、(八分音符)、(連桁付き八分音符)、(連桁付き一六分音符)、(シャープ)、(フラット)などです。 

歴史的に見ると、これらの楽譜文字は、13世紀後半のヨーロッパで、音符の長さを指定する三分割法や二分割法として生み出され、14世紀以降、音符の形が四角形、あるいは菱形に統一されました。

15世紀中頃までは4分音符のような黒塗り型が使われ、その後は全音符や2分音符のような白抜き型が生まれましたが、次第に記譜法が統一されて、現在に近い形になりました。

16世紀に印刷技術が登場すると、世界中に楽譜が広まるようになり、記譜法も現在の形にほぼ近い形に変わりました。そして、17世紀後半に至って、楽譜文字は完全に現在の形になりました。

音楽に関わる共同体の中で、普遍的に通用するラング(言語)となったわけです。



このような音符を使って行う思考は、ピアノを前にした作曲や楽器の演奏を始める前の一瞬、頭の中でひとまず音の流れを思い浮かべる、という形で行われています。

それゆえ、他の文字言語はない、幾つかの特性があります。

●音符と記号の差

音符は音の高低や音色という意味(シニフィアン)や、リズムやテンポなどの文法(シンタックス)を表している点で、特定の意味だけをシニフィエする「記号」とは異なっています。

記号が特定の意味をシンボライズしているのに対し、音符は特定の流れの中で現れる音響を示している、ともいえるでしょう。

●聴覚のみの文字言語

音符は、頭の中で音声や歌唱、楽器の音色や繋がりなどを想定する点で、音声言語や文字言語による思考よりも、いっそう直観的な文字言語です。

音声言語や文字言語が五覚(視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚)の全てをシニフィエしているのに対し、音符は聴覚のみを指し示す言語であるからです。

●モノ界に近い文字言語

音符のサインは、数字・計算文字や漢字などに比べ、より身分け次元に近いモノを示しています。

数字・計算文字や漢字などが、主にコト界の識知対象を示すのに対し、音符文字の示すサインは、聴覚のみを示すことで、日常・交信言語の次元を超えて、深層・象徴言語に近い識知対象を表しているからです。

以上のように、楽譜文字もまた、厳格なサインやシンタックスを表していますから、これらに基づいて脳内で歌唱や演奏を試みる場合には、その仕組みを十分に理解する集団、いわば“楽”縁共同体に加入することが必要になるでしょう。

2022年2月19日土曜日

漢字で思考する!

思考・観念言語における文字言語の位置を考えています。

文字言語とは、【思考・観念言語は地縁共同体から理”縁共同体へ!】で述べたように、日常・交信言語を抽象化して創り出された思考語を、特定の“理”縁言語共同体向けに文字の形で表現した学術文字専門文字です。

事例として、前回の「数字」に続き、今回は「漢字」について考えてみましょう。

漢字は表意文字(意味を表す文字)の一つで、古代中国において中国語を表記するために作られましたが、時代が下るとともに、東アジアの諸国に伝わり、楷書、行書、草書などさまざまな文字を派生させました。4世紀~5世紀頃、日本にも伝わって、カタカナ、ひらがなの元となったうえ、1946年(昭和21)に当用漢字として公布されています。

私たち日本人はこの漢字を使って、さまざまな思考行動をしています。

例えば、筆者のブログで展開している識知という漢字もまた、日常・交信言語では通常は使われてはおらず、その意味では典型的な思考・観念文字です。

」という文字は、日本語の常用漢字として「知る」「わかる」などを意味し、観念用語としては、仏教の基本的概念の一つ、「vijñāna」の訳語として「対象を識別・認識するもの」を意味しています。

それゆえ、「識」という漢字は、他の漢字と結びついて、「意識」「無意識」「認識」「常識」「知識」「良識」などの熟語に広がっています。

もし英語で表現すれば、consciousnessという言葉は、他の意味と結びついて、conscienceunconsciousrecognitioncommon senseknowledgegood senseなどの熟語に広がっている、といえるでしょう。

フランス語で表現すれば、savoirという言葉は、他の意味と結びついて、conscienceinconscienceidentificationbon sensconnaissanceBonne foiなどの言葉に広がっているのです。

もう一方の「知」はどうでしょうか。

」という文字は、知識や知能といった知的活動の総称を意味し、道教の始祖、荘子の「不知の知」思想を連想させますが、これまた他の漢字と結びついて、理知認知」「無知などとして使われています。

英語でいえば、knowledgwisdomという言葉は、他と意味と結びついて、intellectcognitionignoranceなどの熟語に広がっている、といえるでしょう。

フランス語で表現すれば、connaissanceという言葉は、他の意味と結びついて、conscienceperceptionignoranceなどの言葉に広がっているのです。

両方を合わせた熟語「識知」もまた、英語では「wisdom」に相当するようですが、意味するところではフランス語の「savoir」や「sagesse」に近いとも思われます。

このように「識知」と関連する熟語を、英語やフランス語と比べてみると、日本人にとってのニュアンスと外国語の表現とは、必ずしも一致しているとはいえません

ところが、私たち日本人が「識知」という漢字でものを考える時には、欧米語の語彙を連想する前に、まずは以上にあげたような字の連関を思い浮かべるはずです。

とすれば、私たちは、日本の当用漢字という、地縁共同体の共有する、一つの漢字(シニフィアン)が示す意味(シニフィエ)、それをベースにしつつ、関連する漢字をさまざまに連想し、その文字の意味をいっそう深く理解しているのだ、ともいえるでしょう。

このように考えると、思考・観念言語における漢字とは、専門分野という“理”縁共同体での使用を前提にする以前に、ひとまずは地縁共同体の中で養われた文字連関を前提に、改めて構築された言語、ということになるでしょう。

2022年2月11日金曜日

数字・計算文字で思考する!

思考・観念言語における文字言語の位置を考えています。

文字言語とは、【思考・観念言語は地縁共同体から”理”縁共同体へ!】で述べたように、日常・交信言語を抽象化して創り出された思考語を、専門分野や特異分野など特定の“理”縁言語共同体向けに、数字や文字の形で表現した学術文字や専門文字です。

事例としては、数字、漢字、音符などが考えられますので、まずは数字やその関連の計算文字が、どのように創られ、どのように使用されているか、を振り返っておきましょう。 

●数字・・・123IIIIIIなど数量文字

数字の起源を考える!】で詳しく述べたとおり、123というアラビア数字では、B.C.300年頃にインドで生まれたブラーフミー数字(バラモン数字)が、A.D.500年頃までに 0 が発明されて十進法位取りのデーヴァナーガリー数字となり、元型が成立しました。

これがイスラム圏へ伝わって、少しずつ改変され、1013世紀ごろにヨーロッパへと広がりました。同地ではさらに修正が加えられた後、急速に世界中に広まって、現在のアラビア数字となりました。

またIIIIIIというローマ数字は、B.C.1000年頃、古代ローマ帝国で生まれたもので、帝国が衰退した後もヨーロッパで使われ、中世後期までは定着していましたが、1314世紀に至って、アラビア数字に置き換わったようです。

これらの数字を使って行なわれる数学は、古代のエジプト数学アラビア数学に始まり、バビロニア数学,ギリシア数学,中世ヨーロッパ数学,インド数学,中国数学,日本数学 (和算などがそれぞれ別個に発達してきましたが、1920世紀の国際化の中で次第に統一され、現代の「唯一の数学」へと統合されました。

ここで使われている数字は、深層・象徴言語から日常・交信言語へと進化してきた「数」というシニフィエ(所記)が、文字というシニフィアン(能記)に表象された結果です。

思考・観念言語としては、環境世界から「身分け」された生活世界を、「数」という網目のみによって、厳密に切り取った観念ともいえるものです。

それゆえに、観念として抽象化された「数」は、特有の規則(シンタックス)に基づいて、さまざまな形での「計算」を可能にする「数学」を発展させました。そのシンタックスとして使われる文字が、次に述べる計算文字です。

●計算文字・・・+、-、=、≠、√、∽ など演算文字

数学で使われている計算文字にも、さまざまな歴史があります。

+と-】は、樽の水やブドウ酒の上下を表すことが起源とされ、13世紀にドイツのJ.ウィッドマンが『商業用算術書』(1489) において,「+」はラテン語の“et英語のand) を単純化したもの、「-」は“minus” の頭文字「m」の筆記体から生まれものとして印刷したことで、以後はヨーロッパに広まりました。

×】は15世紀にイギリスの.オートレットが『数学の鍵』(1631) において、また【÷】はスイスのJ.H.ラーンが『代数の本』(1659) の中で初めて使用し、その後、イギリスのJ.ウォリスワリスI.ニュートンにも採用されて、欧米諸国で次第に使われるようになりました。

】はイギリスのR.レコードが『知恵の砥石』(1557) において初めて使用し、次第に著名な数学者の間に浸透しました。

これらの計算文字は数字の間の関係を示す、厳密なシンタックスを示していますから、使用する場合は、その仕組みを共有する“理”縁共同体の規則に従うことが大前提となっています。 

以上のように、数字における思考は、さまざまな数量文字に設定されたシニフィエと、厳密に設定されたシンタックスに基づいて行われるため、両者を十分に理解した知識集団、つまり数“理”縁共同体に加わることが前提となっています。

いいかえれば、思考・観念言語としての数字とは、使用者に対し、それぞれの単語に託された意味(シニフィエ)と文法(シンタックス)を、予め十分に習得しておくことを求めるものといえるでしょう。