2番めは「私効」というネウチを、さまざまな生活行動を決める時に、生活民は一つの判断基準にしていることです。
生活民の判断基準とは、彼の生きている生活構造の中から生まれてくるものです。
生活構造については、すでに述べたように、「生活体」【「生活民」の生活構造とは・・・:2016年10月25日】で表わされるものですが、これを構成する、基本的な3つの軸の上で、生活民はさまざまな判断をしています。
➀社会-個人軸の上では、生活民は「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)」を求めています【生活民は「価値」よりも「私効」を重視!:2016年11月22日】。
生活民は、大熊信行の提唱した「生活者」の、「営利主義の対象から脱却し、自己生産を基本にする」という立場を引き継いで、社会的な「価値(共効)」よりも、純私的なネウチである「私効」を重視します。
②言語-感覚軸の上では、生活民は「言葉(word)」や「記号(sign)」よりも「感覚(sense)」や「象徴(symbol)」を重視しています【差異化を超えて差元化へ:2016年4月19日】。
生活民は、今和次郎の提唱した「生活人」の、「労働から娯楽や教養までを包括する、より全体的な人間像」を継承しつつ、「農村に残る冠婚葬祭や都市生活が取り入れる流行など」も含めたうえで、基本的な立場を「感覚」や「象徴」においています。
また大熊信行の「生活者」では、その生活願望を「必要」次元である「欲求次元に限っていましたが、生活民の生活願望はさらに「欲望」や「欲動」次元まで広がってゆきます。
③真実-虚構軸の上では、生活民は「真実」という視点よりも、「虚構」という視点に重点をおいて「日常」や「真実」を眺めています【生活民は「真実」を超える!:2017年8月31日】。
日常の世界とは、コスモスとカオスのせめぎ合う世界、あるいはモノとコトの行き交う「モノコト界」であり、二重の意味で「真実」を保証するものではありません。
それゆえ、生活民には一歩退いた立場から、冷静に「真実」に向かい合うことが求められます。
とりわけ、現代社会のような高度消費社会では、供給側からの、真偽入り混じった、さまざまな情報が押し付けられる以上、生活民は冷静な私人としての立場から、真実と虚構への対応力を向上させていかなければなりません。
以上のように、生活民の判断基準については、社会-個人軸上の「私効」をべ-スとしつつも、さらに言語-感覚軸上の「感覚」や「象徴」、真実-虚構軸上の「虚構」を含めた次元から説明していくことが求められるでしょう。
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