三太郎CM では2015年12月から【三太郎人物相関図】を公開し、それ以降も次々に変化を加えています。
ここで示された各人物の関係は、よく知られた昔話とは違って、桃太郎とかぐや姫が夫婦、乙姫とかぐや姫が姉妹など、かなり意外なものです。
一見、ユニークな関係で、視聴者の多くを惹きつけると思いがちですが、実はここに三太郎CMの限界があります。
なぜなら、日本列島の居住民族が長い年月をかけて育んできた、さまざまなキャラクターの独自性や個性が勝手に作り変えられているからです。
これによって、桃太郎、金太郎、浦島太郎、乙姫、かぐや姫などに、私たち一人一人が抱いていた、豊かで多彩なイメージが貧相に固定化されてしまいました。
なにが問題なのか、整理してみましょう。
①意識の深層で自由に蠢いていた“神話”性が、表層的な意図を付加された“物語”性に移行させられています。
②個々の視聴者に委ねられていた、キャラクターの豊かな個性が、提供者が強制する、固定的で狭隘な人物像に堕されました。
③相関図という、閉じたネットワーク思考そのものが、近代的、意識的、表層的な発想に留まっており、無意識次元での自由で伸びやかな発散思考を妨げています。
一言でまとめれば、「差元化」の魅力を捨てて、手軽な「差異化」に堕ちていきつつある、ということでしょう。
こうした疑問点が視聴者の意識の表層に浮かんでくるにつれて、三太郎CMの魅力は少しずつ薄れ始めています。
このブログで疑問点を指摘してから、ほぼ1カ月、三太郎CMへの批判があちこちから湧き上がってきました。
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