2022年5月31日火曜日

「気づく」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。

前回までの五感言葉に続いて、今回は「気づく」という識知言葉をとりあげます。

人間は周りの環境世界を、五感による「身分け」で「知」し、意識による「識分け」で「知」し、言語力による「言分け」で「知」しています。

この過程において、「気づく」という言葉は、「身分け」が把握したものを「識分け」で意識することを意味しています。つまり、「気づく」とは「意識する」という言葉の一形態だ、といえるでしょう。



上図で言えば、私たち日本人はまず「身分け」が捕まえた、さまざまな感覚を「ピン」や「ハッ」などのオノマトペ、つまり深層・象徴言語で表現します。

次に「言分け」によって、それらを「気づく」「覚(さと)る」などの日常・交信言語で表わします。

さらに「言分け」をより高度化した思考・観念能力によって、「認識」「察知」など、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学、哲学、科学研究などを行っています。

和歌・・・「気づく」よりも「さとる」が多用されています。

こころとて けにはこころも なきものを さとるはなにの さとるなるらむ・・・続古今集 巻八:よみびとしらず

さとるへき みちとてさらに みちもなし まよふこころも まよひならねは・・・新後撰集 巻九:よみびとしらず

小説・随筆・・・「気づく」とともに「意識」「察知」「覚醒」も使われています。

月が手を伸ばして太鼓を拾ったのを、誰も気付きませんでした。・・・小川未明『月と海豹』

そして、以前とは多少、物の見方や考え方なども自分ながら変って来ていることにも気付きますが・・・宮本百合子『アメリカ文士気質』

饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。・・・芥川龍之介『羅生門』

これまでの新聞の発展は、社主が意識して遂げさせた発展ではなかった。・・・森鴎外『青年』

すぐ事態を察知した。薬品が効かなかったのだ。・・・太宰治『畜犬談』

眼をつぶったまま覚醒し、まず波の音が耳にはいり、ああここは、港町の小川君の家だ・・・太宰治『母』

哲学・・・「意識」「認識」「覚醒」が使われています。

けれども私は、同じく自分の凡庸を意識していても、それをごまかそうとかかっている人に同情する事はできません。・・・和辻哲郎『ある思想家の手紙』

我々が自然を認識するのはこの両様の意味を含んでいる。すなわち外形はそれと全然似よりのない、性質の違ったものを我々に認識させるのである。・・・ 和辻哲郎『「自然」を深めよ』

冬眠の状態にある蛙が半年の間に増大させるエントロピーの量は、覚醒期間のそれに比べて著しく少ないに相違ない。・・・寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」

仏教唯識論・・・意識は「」という言葉で語られています。

仏教語としてはmanovijñānaの訳語であり、仏教で説く六根のうちの意根を拠り所とするのこと。物質以外に対する認識で、過去の出来事を想起することや、未来を推測することも意識の働きである。六識のうち、眼・耳・鼻・舌・身の五識を前五識という場合、意識は第六意識と呼ばれる。この第六意識はあくまでも認識の一つであり、心を意味するものではない。・・・新纂浄土宗大辞典

認知心理学・・・「アウェアネス」と定義しています。

Awareness(気づき)とは、ある情報を包括的なコントロールに直接的に利用できる状態(direct availability for global control)を言い、例えば赤いものが見えていることに気づいているとは、「赤いもの見えている」と言葉で報告できること、また赤い信号の表示に気づいている場合であれば「信号が赤いのが見えたので、横断歩道ではなく陸橋を使って道を渡ることにした」といった計画的で全体的な運動に情報を利用できることなどを言う。・・・DJ・チャーマーズ:林一訳『意識する心』

脳科学・・・「クオリア」と定義しています。

クオリアとは、ラテン語 qualiaで、単数形は a quale であり、我々が意識的に主観的に感じたり経験したりする「質」のことを指す。日本語では感覚質とも呼ばれる 。一般に、夕焼けの赤い感じ、虫歯の痛み、などの比喩を使って説明されることが多い。・・・脳科学辞典

クオリアは自然界の基本的な要素の一つであり、クオリアを現在の物理学の中に還元することは不可能である。意識の問題を解決するにはクオリアに関する新しい自然法則の探求が必要である。・・・DJ・チャーマーズ:同上

以上のように、「気づく」という行為は、「覚る」「感づく」などの日常言葉から始まり、「意識」「認識」「察知」「覚醒」、さらには「アウェアネス」「クオリア」などの観念言葉に進展していきます。

2022年5月15日日曜日

「かたい」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。

前回の「からい」という味覚言葉に続いて、今回は「かたい」という触覚言葉をとりあげます。

触覚は、私たちの皮膚の表面に物が触れたときに生ずる「身分け」です。

古代ギリシアにおいて、アリストテレスが定義した五感(視、聴、味、嗅、触)の一つですが、彼のいう触覚には温、冷、痛などの皮膚感覚や深部感覚、さらには他の4感に属さない全ての感覚が含まれていました。

このため、19世紀にドイツの生理学者、E.ウェーバーが、これらの中から痛み、疲れ、飢え、渇き、幸福感、性感などを「一般感覚」と名づけてとり除き、残りをより厳密な意味での触覚と定義しました。

さらに現代医学では、皮膚を通じて得られる圧覚、痛覚、温度覚の3つだけを「皮膚感覚」と定め、このうちの圧覚だけを五感に含まれる触覚としているようです。

とすれば、最狭義の触覚は、皮膚と物との間に生まれる「手ざわり」「肌ざわり」を意味することになりますので、触覚言葉としても「かたい」「でこぼこ」など、その対語として「やわい(やわらかい)」「なめらか」などが相当します。

そこで、「かたい」の発生源を考えると、皮膚に触れる、さまざまな物体となります。この物体を人間は「身分け」能力によって「」しているのです。

認知の生理的な仕組みは、外から圧力の変化に対して応答する細胞が主たるものですが、変化や振動にいち早く反応するものや、持続的な圧力にゆっくりと反応するものなど、数種類があるようです。

これらの反応が脊髄から脳幹への神経を通じて大脳まで届けられと、幾つかの反応が引き起きます。これこそモノ界において、無意識がとらえた「」です。

続いて、人間の「識分け」力がこれらの反応を把握し、日本人では「ゴツゴツ」「コツコツ」「ザラザラ」「ツルツル」など、英国人ではscraggy」「srugged」「mooth」などのオノマトペ、つまりモノコト界の「深層・象徴言語」として「」します。

さらに人間の「言分け」能力は、これらの触覚象徴をコト化し、日本人では「かたい」と「やわい」などに、英国人では「hard 」や「soft」などに区別して、コト界の「日常・交信言語」として「」し、会話や文通などの交信活動で使用します。

さらに人間は、これらの交信言語を、「言分け」能力をより高度化した思考・観念能力で、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学活動科学研究などを行っています。

文学では、「硬い」が「難い」や「固い」の意味にメタファー(隠喩)されることが多いようです。

和歌

白妙の 衣かたしき 女郎花 さけるのへに そこよひねにける・・・紀貫之:後撰集 

うつつには 会ふことかたし 玉の緒の 夜はたえせす 夢にみえなむ・・・柿本人麿:拾遺集

小説

王子の剣は鉄を切る代りに、鉄よりももっと堅い、わたしの心を刺したのです。・・・芥川竜之介 「三つの宝」

親の許さぬ男と固い約束のあることも判った。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」

然し皆の胸の中には固い、固い決意が結ばれて行った。・・・ 小林多喜二 「父帰る」

科学研究では「硬度」という表現が一般的です。

物体の硬軟の程度を表わす語。主に、金属のかたさ試験に用いられる押込法と、鉱物のかたさ試験に用いる引掻法によって測る。

押込法は、鋼鉄の球を一定の荷重によって料の表面に押し付け、そのへこみぐあいによって表わす。

引掻法は、頂角が九〇度のダイヤモンドの円錐体で試料の表面を引っ掻いて、その傷によってかたさを表わす。

(Wikipedia)

こうしてみると、「かたい」という蝕覚言葉を、言語3階層説から眺めて見ると、「身分け」「識分け」「言分け」へと認識次元が進むにつれて、「手触り」という具象的な感覚から、「困難」という抽象的な心理への進展が如実に理解できます。

2022年5月9日月曜日

「からい」で言語3階層説を考える!

言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。

前回の「匂い」という嗅覚言葉に続いて、今回は「からい」という味覚言葉をとりあげます。

味覚言葉も嗅覚言葉と同様、音声言葉や色彩言葉に比べて、かなり語彙数が少ないようです。

それでも、「からい」と「甘い」を2極に、「酸っぱい」と「苦い」が加わり、さらに「うまい」が重なっています。

からい」の発生源は、口の中で漂う、さまざまな化学物質です。

ソト界で漂っている、さまざまな「辛い分子」を、人間の「身分け」力の一つ、味覚舌の中の味蕾や舌の上面や喉頭蓋などの味覚受容体)が捉え、顔面神経、舌咽神経、迷走神経 、三叉神経などを通じて大脳まで届けると、幾つかの反応を引き起こします。これがモノ界で無意識がとらえた「」です。

それらの反応を人間の「識分け」力が把握し、日本人では「ヒリヒリ」「ツーン」「カッ」など、英国人では「pipping」「tingle」などのオノマトペ、つまりモノコト界の「深層・象徴言語」として「」します。

続いて人間は、これらの味覚象徴を自らの「言分け」力でコト化し、日本人では「からい」と「甘い」に、英国人では「spicy」や「sweet」などに区別して、コト界の「日常・交信言語」として「」し、会話や文通などの交信活動で使用します。

さらに人間は、これらの交信言語を、「言分け」能力をより高度化した思考・観念能力で、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学活動科学研究などを行っています。

文学活動では、「からい」をメタファー(隠喩)によって「つらい」や「辛酸」「辛苦」などに置き換え、気分や情緒などを表しています。

和歌

なかれ木と たつ白浪とやくしほと いつれかからき わたつみのそこ・・・菅原道真:新古今集・巻十八

しほといへは なくてもからき世中に いかてあへたる たたみなるらん・・・壬生忠見:後撰和歌集・巻十五

小説・随筆

・・・道具の象徴する、世智辛い東京の実生活は、何度今日までにお君さんへ・・・ 芥川竜之介「葱」

・・・この種の映画と同じように甘いと辛いとの中間を行っている・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6」

・・・連中は過ぐる十年間の辛酸を土産話にして、再び東京に落合う・・・ 島崎藤村「並木」

・・・何となく、今までの長い間の辛苦艱難が皮のむけたように自分を離れた心地がした。・・・ 国木田独歩 「河霧」

科学活動では「辛味」や「辛味成分」が使われています。

ワサビ、カラシ、ネギ、ニンニク、ダイコンなどの辛味は、アリル化合物の作用であり、舌や鼻へのツーンとした刺激として知覚されるため、日本語では「ツーンとくる辛さ」などと表現される。

トウガラシの辛味カプサイシンと呼ばれる成分によるもので、舌には熱さや痛さに似た刺激をもたらすので、「ヒリヒリする辛さ」と表現される。

以上のように、「からい」という味覚言葉を、言語3階層説の視点から眺めて見ると、「身分け」の反応に始まり、「識分け」によるオノマトペを経て、「言分け」による日常語や観念語への進展という、言語発生の仕組みが明確に浮かび上がってきます。