言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材にして考察しています。
前回の「からい」という味覚言葉に続いて、今回は「かたい」という触覚言葉をとりあげます。
触覚は、私たちの皮膚の表面に物が触れたときに生ずる「身分け」です。
古代ギリシアにおいて、アリストテレスが定義した五感(視、聴、味、嗅、触)の一つですが、彼のいう触覚には温、冷、痛などの皮膚感覚や深部感覚、さらには他の4感に属さない全ての感覚が含まれていました。
このため、19世紀にドイツの生理学者、E.ウェーバーが、これらの中から痛み、疲れ、飢え、渇き、幸福感、性感などを「一般感覚」と名づけてとり除き、残りをより厳密な意味での触覚と定義しました。
さらに現代医学では、皮膚を通じて得られる圧覚、痛覚、温度覚の3つだけを「皮膚感覚」と定め、このうちの圧覚だけを五感に含まれる触覚としているようです。
とすれば、最狭義の触覚は、皮膚と物との間に生まれる「手ざわり」「肌ざわり」を意味することになりますので、触覚言葉としても「かたい」「でこぼこ」など、その対語として「やわい(やわらかい)」「なめらか」などが相当します。
そこで、「かたい」の発生源を考えると、皮膚に触れる、さまざまな物体となります。この物体を人間は「身分け」能力によって「認知」しているのです。
認知の生理的な仕組みは、外から圧力の変化に対して応答する細胞が主たるものですが、変化や振動にいち早く反応するものや、持続的な圧力にゆっくりと反応するものなど、数種類があるようです。
これらの反応が脊髄から脳幹への神経を通じて大脳まで届けられと、幾つかの反応が引き起きます。これこそモノ界において、無意識がとらえた「認知」です。
続いて、人間の「識分け」力がこれらの反応を把握し、日本人では「ゴツゴツ」「コツコツ」「ザラザラ」「ツルツル」など、英国人では「scraggy」「srugged」「mooth」などのオノマトペ、つまりモノコト界の「深層・象徴言語」として「識知」します。
さらに人間の「言分け」能力は、これらの触覚象徴をコト化し、日本人では「かたい」と「やわい」などに、英国人では「hard 」や「soft」などに区別して、コト界の「日常・交信言語」として「理知」し、会話や文通などの交信活動で使用します。
さらに人間は、これらの交信言語を、「言分け」能力をより高度化した思考・観念能力で、コト界の「思考・観念言語」に置き換え、文学活動や科学研究などを行っています。
文学では、「硬い」が「難い」や「固い」の意味にメタファー(隠喩)されることが多いようです。
和歌 白妙の 衣かたしき 女郎花 さけるのへに そこよひねにける・・・紀貫之:後撰集 うつつには 会ふことかたし 玉の緒の 夜はたえせす 夢にみえなむ・・・柿本人麿:拾遺集 小説 王子の剣は鉄を切る代りに、鉄よりももっと堅い、わたしの心を刺したのです。・・・芥川竜之介 「三つの宝」 親の許さぬ男と固い約束のあることも判った。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」 然し皆の胸の中には固い、固い決意が結ばれて行った。・・・ 小林多喜二 「父帰る」 |
科学研究では「硬度」という表現が一般的です。
物体の硬軟の程度を表わす語。主に、金属のかたさ試験に用いられる押込法と、鉱物のかたさ試験に用いる引掻法によって測る。 押込法は、鋼鉄の球を一定の荷重によって試料の表面に押し付け、そのへこみぐあいによって表わす。 引掻法は、頂角が九〇度のダイヤモンドの円錐体で試料の表面を引っ掻いて、その傷によってかたさを表わす。 (Wikipedia) |
こうしてみると、「かたい」という蝕覚言葉を、言語3階層説から眺めて見ると、「身分け」「識分け」「言分け」へと認識次元が進むにつれて、「手触り」という具象的な感覚から、「困難」という抽象的な心理への進展が如実に理解できます。
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