言語3階層説を、具体的な「言葉」を素材として考察しています。
前回までの五感言葉や識知言葉に続いて、今回は「話す」という理知言葉をとりあげます。
五感言葉や識知言葉については、一つの言葉(単語)の成り立ちを考えてきましたが、「話す」という理知言葉は、自他との交信を前提にして使われています。
ソシュール言語学風にいえば、言葉という体系=ランガージュのうち、これまでは単語=ラングの次元についてでしたが、これからは対話=パロールの次元を考察するということになるでしょう。
パロールには、言葉を使って他人と会話するパロールⅠと、自分自身と会話するパロールⅡがあります。
他人と会話するパロールⅠの場合、「話す」という言葉はどのように使われているのでしょうか。
これが言分けの一般次元になると、日本語では「話す」「語る」「述べる」「言う」「話し合う」など、英語では「speak」「talk」「tell」「whisper」「say」「discuss」など、平易な「日常・交信言語」が使用されています。
さらに言分けの高次元になると、日本語では「会話」「対話」「談話」「議論」「討論」など、英語では「conversation」「interview」「discourse」「argument」「debate」「controversy」など、理念的・専門的な「思考・観念言語」に変わっていきます。
日本語の歴史を振り返ると、次のような用例が挙がってきます。
●和歌・・・日常的な「語る」が多用されています。
名にめてて をれるはかりそ をみなへし 我おちにきと 人にかたるな・・・古今集・巻四:僧正遍昭 涙のみ しる身のうさも かたるへく なけく心を まくらにもかな・・・後撰集・巻十八:詠み人知らず |
●小説・随筆・・・やや観念的な「会話」「談話」などが多いようです。
彼の後ろから来る小作人たちのささやきのような会話に耳を傾けた。・・・有島武郎「親子」 これは二人の人の会話のようであるが、おげんは一人でそれをやった。・・・島崎藤村「ある女の生涯」 元来私は談話中に駄洒落を混ぜるのが大嫌いである。・・・内田魯庵「温情の裕かな夏目さん」 わたくしの学生時代の談話をしろと仰ゃっても別にこれと云って申上げるようなことは何もございません。・・・幸田露伴「学生時代」 |
●哲学・・・観念的な「対話」「談論」「議論」「討論」などが使用されています。
魂の内において魂が自分を相手に声を出さずに行なう対話(ディアロゴス) --まさにこれがわれわれによって思考(ディアノイア)と呼ばれるようになったのだ。・・・プラトン『ソピステス』 この人民の政を捨てて政府の政にのみ心を労し、再三の失望にも懲りずして無益の談論に日を送る者は、余輩これを政談家といわずして、新奇に役談家の名を下すもまた不可なきが如く思うなり。・・・ 福沢諭吉「学者安心論」 私は今これらの議論に入らない。とにかく、カント哲学においては、先験感覚論の始にいっている如き、我々の自己が外から動かされるという如き主客の対立、相互限定ということが根柢にあり、そこに主語的論理の考え方を脱していない。・・・ 西田幾多郎「デカルト哲学について」 いつまでもなんらかこの種の方法をとらなければ、独断と独断との間の討論の終結する見込みは立たないように思われるのである。・・・寺田寅彦「比較言語学における統計的研究法の可能性について」 |
以上のように見てくると、「話す」という行為は、言分け次元の深層・象徴言語に始まり、「話す」「語る」などの会話・交信言語として日常的に普遍化されたうえで、「会話」「議論」などの思考・観念言語へと移行してきた、と推測されます。
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