2018年3月31日土曜日

アダム・スミスも分けていた!

古代ギリシア以来の「有用性・均等性」論は、中世のスコラ哲学を経て、18世紀にイギリスの経済学者A.スミスへと引き継がれました。

スミスは1776年にその著『富国論』(『諸国民の富』大内兵衛・松川七郎訳、岩波文庫版『富国論』)の中で、「価値(value)ということばには二つの異なる意味がある」と述べています。





一つは「ある特定の対象の効用(utility)を表現し、もう一つは「その特定の対象を保有することによってもたらされるところの、他の財貨に対する購買力(power of purchasing other goods)」を意味しています。

そこで、前者を「使用価値(value in use)」、後者を「交換価値(value in exchange)と名づけました。

両者の違いを説明するため、スミスは水とダイヤモンドをとりあげ、「水ほど有用なものはないが、それでどのような物を購買することもほとんどできない」のに対し、「ダイヤモンドはどのような使用価値もほとんどないが、それと交換できるきわめて多量の財貨をしばしばえることができる」と述べています。

水の使用価値は極めて高いけれども交換価値は低く、ダイヤモンドの使用価値はかなり低ものの交換価値は高い、ということです。

その理由として「交換価値の実質的尺度とはどのようなものであるか」と問いかけ、ある商品の交換価値とは「その商品がその人に購買または支配させうる労働の量に等しい」から「労働はいっさいの商品の交換価値の実質的尺度である」と述べています。

ダイヤモンドの交換価値が高くなるのは「希少性」、つまり「それをかなり大量に収集するためには多量の労働」が必要であるからだ、というのです。

これこそ「交換価値は労働に準拠する」という、古典派経済学の「客観価値説(労働価値説)の原点となった理論です。

売り手・買い手という立場から「価値」を見て、人間の労働が「価値」を生み、労働が商品の「価値」を決める、という発想であり、スミスからD.リカードを経てK.マルクス、さらには近代経済学にまで至っています。

こうした理論を生活学の立場から見ると、「ねうち・あたひ」論を「有用性=使用価値・相当性=交換価値」論に置き換えたということであり、「あたひ=相当性=交換価値は労働の量から生まれる」という方向へ、価値論の重点が移されています

いいかえれば、一人の人間にとっての「ねうち」よりも、他人と交換する時の「あたひ」の方に重点が移行している、ともいえるでしょう。

さらにいえば、西暦200年代に中国で使われた「價直」の、「價=あたひ」と「直=ねうち」の二重性がほぼ1500年後のイギリスにおいて再認識された、ともいえます

あたひ=價」論を中心にして古典派経済学が成立し、マルクス経済学から近代経済学へと発展してくるという経済学の立場はそれなりにわかります。

 
だが「ねうち=直」論のほうは、一体どうなってしまったのでしょうか

2018年3月21日水曜日

アリストテレスは分けていた!

大和言葉では「ねうち(有用性)と「あたひ(相当性)に分かれていた「ありがたみ」という観念は、仏教や西欧思想の流入によって「價値(価値)」という翻訳語に吸収され、「有用性+相当性の二義性を持ったまま、現代日本語の中へ定着しています。

それでは、西欧においても、両者は混合して使われていたのでしょうか。

西欧思想の一つの源、古代ギリシア哲学を振り返ってみると、必ずしも混合されているわけではなく、大和言葉と同じように分けられていました。




例えばアリストテレス(B.C.384年~B.C.322年)は、『ニコマコス倫理学』の中で、「財貨(χρήματα:クレーマタ)とはおよそその価値(Αξία:アクシア)が貨幣によって測られるものの謂いである」という表現を使いながらも、『政治学』(第1巻第9章)では、「財産の獲得術」の前提として、次のように述べています。

「物には各々二通りの用途がある。二通りの用途とは、いずれも物をそれだけで使う場合でも、その使い方が違っており、一つの用途はそのもの本来の用途で使うこと、もう一つはそうではない使い方をすることだ。例えば、靴は足に履くために使う別の物との交換に使うこともある。つまり靴には二通りの用途があるのだ。」

二つの用途について、『ニコマコス倫理学』の中では、「有用(χρήσιμος:クリシモス)」と「均等(ίσος:イソス)」という言葉を与え、次のように説明しています。

有用」とは「それによって何らかの善または快楽が生ずるところのもの」であり、「均等とは「(二人の取引者が)交換を行なったあげくにこれを比例に導くもの」である、と。

こうしてみると、古代ギリシアでも、様々な事物の「ありがたみ」については、「有用性」と「均等性」の2つの形があることが明確に理解されていた、と思われます。

その区別は、時代が下る中で、どのように変わっていったのでしょうか。

2018年3月10日土曜日

幕末~明治初期には「價直」と「價値」が混在!

江戸時代に蘭語や英語から翻訳されて普及したと思われる「價値」という言葉は、幕末から明治時代初期になると、また「價直」へ戻っています。

幕末の文久2年(1862年)、幕府の通辞・堀達之助が編纂した、日本初の本格的な刊本英和辞典『英和対訳袖珍辞書』では、「value」を「價直(かち)」と訳して、「價値」から「價直」へ戻しています。

この時代、「直」という漢字は「値」と同義語と見なされ、「ちょく」ではなく「ち」と読まれており、その意味するところも、翻訳語として「有用性+相当性」を示していた、と思われます。

明治維新後の明治2年(1870年)、明治政府の官僚・若山儀一と箕作麟祥が、アメリカの経済学者A.L.ペリーの” Elements of Political Economy”を共訳した『官版経済原論』でも、「value」は「價直」と訳されており、維新後も「價直」が使われていたようです。

ところが、明治6年(1873年)に出版された、『経済新説』や『経済入門』になると、再び「價値」が復活しています。

経済新説』は社会学者で翻訳家の室田充美がフランスの経済学者J.B.Say派の著作を、また『経済入門』は司法省翻訳官の林正明がイギリスのM.G.フォーセット夫人の政治経済学入門書"Political Economy for Beginners"をそれぞれ訳したものです。

これが定着したのか、明治15年(1882年)に通訳の柴田昌吉と子安峻が編纂した、わが国最初の活字印刷による英和辞書『英和字彙・増補訂正改訂二版』でも、「value」を「價格、價値、位價、貴重、緊要、算数、同数」と訳しています。

この訳語の意味では、貴重・緊要=「有用性」と、価格・同数=「相当性」が完全に混合されています。

そして、2年後の明治17年(1884年)に大蔵省翻訳局の石川暎作と瑳峨正作が訳した、イギリスの経済学者A.スミス『富国論』(”An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations”,1776年)では、「value」は「價値」と訳されて、経済学でも「價値」という表現が定着したようです。


以上のような経緯を振り返ると、大和言葉ではねうち(有用性)」と「あたひ(相当性)に分かれていた、「ありがたみ」を示す言葉は、翻訳語の「價値」という言葉の受容によって「有用性+相当性」の二義性を持ったまま、明治初期から現代日本語の中へ定着したものと思われます。